第173話「もう誰にも負けられない」
刀真・飛鳥を失い、インベイド計画から帯牙が離脱した2036年。
「もう歳なんだし、そろそろ良いでしょ?」
この発言は、今年に始まったことではなく、25歳を過ぎた辺りから「そろそろ、世代交代を」と毎年言ってきたことで、その度に、ラルフからの延長願いを断り切れず、ズルズルと28歳まで来ていたのだ。
ラルフにしてみれば、今こそ支えて欲しいという思いもあったが、雅の気持ちも
「がんばれよ、双銃の女神さま」
広大なカザフスタンの平原で、荒れ狂う鬼神の如く闘っていたルイスへ、新たな挑戦者から回線が入る。
「今日こそ、アタシは貴方を超えてみせる!」
「受けて立とう!」
――東儀、ルイスに付き合う必要はない、自分の
かつて、刀真にそう言われていたものの、ルイスのGTX555を地上で制してこそ、真の勝利だと考えていた雅は、ずっと地上戦に
しかし、今は違う。
刀真・飛鳥が亡き今、自分がこのゲームを守り、支えなければならないという想いが、この拘りを捨てさせた。
雅のオペレーターである
だが、親友の紗奈でさえ、その強過ぎる想いの所為で見せる暴走気味なプレイを止められずにいた。
「近いよ、雅! いくら銃を持たないルイスでも、この距離は危険だよ!」
「大丈夫、この距離でやってみせる!」
現在の雅の適正距離は、数年に渡って反射神経を磨き続けた結果、112mまで成長していた。
しかし、今、ルイスとの距離は88mと、その適応外。
まして、一気に詰め寄る跳躍力と、
「お前に、いいように戦場は支配させない!」
ルイスの両手足によって弾かれたレーザーは、周囲のGTMを次々と貫いていく。
このままでは、駒を減らされる……どうする?
――あいつは、全身使ってプレイしてるんだ。時間を掛けて疲れさせるって、手もある。
それって、ズルくないですか?
――それを選んだのはルイスだ。遠慮する必要なんてない。
「もう遠慮しないわ!」
心の内に居る刀真と問答を繰り返しながら、ルイスの攻撃が届かないギリギリの距離をキープし、動きが鈍る瞬間を待った。
それにしても、ルイス相手に、こんな近距離で5分以上も戦い続けられるなんて……
以前と比べて、格段に集中力が高くなり、持続するようにもなったのだが、紗奈の目には、その分、神経を擦り減らしているように見え、余裕がないようにも感じられた。
7分が過ぎ、ルイスは攻撃を止めないものの、まるで最終ラウンドを迎えたボクサーのように、その息は乱れ始めていた。
「マスター! ここは一旦離れて、呼吸を整えましょう」
「解ってる。解っっちゃいるが、俺が引く訳には行かない!」
それにしても、雅が、ここまでエグイ戦い方をするようになるとはな……。
「持久戦は不利ですよ、マスター」
「心配するなクリスティアーナ、俺にも考えがある」
雅、お前や刀真ほどじゃないが、
戦場を支配できるのは、何もお前らに限ったことじゃないぜ!
「よし、今だ!」
雅とルイスの間に割って入るように、左からルイスを斬りかかって来たGTMを
強く踏み込まれた右足は、雅の左足を捉え、離さない。
「終わりだ、雅ーッ!」
流れるように、動けなくなった雅のコックピット目掛け、
その動きに合わせるように、地面へ倒れ込み雅の両手には――銃が無い!
伸びきったルイスの右腕の手首を左手で掴むと、一気にブーストを噴かす雅。
「タイガースクリューなんぞ、させるかーッ!」
左の抜き手でコックピットを狙おうとするルイスだったが、雅はブーストを切って、左手を引きながらその身を半回転させると、右腕をルイスの脇へ差し込んだ。
「マスター! これはタイガースクリューじゃない!」
「させるかーッ!」
一本背負いを喰らわない為に、ルイスは自ら投げられる方向へ飛ぶ。
身を
「やったーッ! ルイスに勝ったーッ!」
紗奈は、飛び上がって喜んだのだが、雅は至って冷静だった。
「紗奈、最後のGTMが斬りかかって来た時、アタシの方にアラートが来なかったけど?」
その言葉に、紗奈は少し戸惑った。
攻撃対象がルイスであったのと、画面の見える範囲に居た為、敢えて知らせなかったのだ。
本来であれば、言われる筋合いもないのだが……
雅は、それを言わせない空気を
「ごめん、気をつける」
「紗奈、ログアウトの準備をお願い」
「う、うん」
一回、勝ったくらいで喜んじゃいられないのよ。
もっと、もっと強くならないと……
サーベルタイガーの弟子として、勝ち続けないといけないのよ!
もう、誰にも、負けられない!
2037年、雅は見事にランキング1位で『GTW終結宣言』を迎えるのだが、紗奈はストイックに強さを求める雅と、どう接していいか解らなくなっていた。
こんなの雅らしくない!
何度も喉から出かけた言葉を飲み込み、それでも、雅を支え続けた。
ねぇ、雅……ゲーム、楽しい?
友達なら簡単で気軽に聞ける、その一言が声に出せない紗奈であった。
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