第172話「ゲーム葬」
車窓から見える雲は、車内の色を映すように薄暗く街を覆い、普段なら会話が好きな父と母も無言で、暗い空を眺めていた。
雅は、掛ける言葉も見つからないまま、ただ雨が振るのを待っていた。
雨が振れば、少しでも悲しみを洗い流してくれるような気がしていたからだ。
だが、降り出した雨は、涙を誘い、悲しみを膨らませるだけだった。
インベイドの本社から少し離れた場所に、刀真の家がある。
刀真の家は、アメリカにしては狭い方だが、日本なら何処にでもある大きさで、
インベイド施設にあるプロ用の部屋では、ホテル並みのルームサービスが受けられる。
もちろん、サービスを断ることも出来たのだが、居れば利用してしまうだろうと、飛鳥は敢えて離れることを決意した。
それは、真凰にそれが当然だと思って欲しくなかったからだ。
炊事・洗濯・掃除など、それまでやって来なかった飛鳥は、数々の失敗を重ねたが、それも飛鳥にとって幸せな時間になっていた。
何も考えたくなかった雅だったが、刀真の家に近づくに連れ、飛鳥に聞かされた幸せな日々を思い出し、涙は雨のように静かに流れていった。
雨の中、傘も差さず、玄関先で土下座し、泣いて謝る弟。
「すまない、兄貴……俺の所為だ」
――帯牙、お前の所為じゃない。
だが、口から出た言葉は、頭の中とは別モノだった。
「お前の所為だ! お前が、お前が刀真を巻き込んだ!」
違う! 違うんだ!
きっと、あの子は、後悔どころか、最後の最後まで幸せだった筈なんだ。
刀真にゲームの楽しさを教えてくれて、ありがとう。
そう言うんだ……
「お前さえ……お前さえ、居なければ!」
その心とは裏腹に、溢れ出す怒りを抑え切れなかった虎塚真司は、帯牙の胸倉を掴み、何度も何度も殴った。
帯牙も抵抗することなく、殴られ続けた。
「虎塚さん! 止めてください!」
慌てて止めに入った飛鳥の父・東儀和正に腰を捕まれ、ようやく、それが止まる。
帯牙の顔は、赤く腫れ、鼻も折れているようだった。
雅は、そっとハンカチを差し出すも、帯牙はそれを断り、土下座を続ける。
「二度と俺の前に現れるな!」
そう言い残し、真司は家の中へと入っていった。
「こんなところに居たら、風邪を引くわ。一緒に入りましょう、タイガー」
雅は、優しい言葉を掛けたのだが、帯牙は首を振り、土下座を止めなかった。
「彼の思うようにさせてあげなさい」
父・和正の言葉に促され、雅は母・加奈子を連れ、刀真の家へと入った。
楽しい思い出がいっぱい詰まったリビングが葬儀場となっており、笑顔で寄り添う遺影が、心に痛く突き刺さる。
「遺影も、お棺も、一緒にしました。二人を離すのが、可哀相で……」
刀真の母・
雅は、二人の写真をジッと見つめ、全く動かない真凰を強く抱きしめた。
「真凰……」
真凰は泣くことも、言葉を発することもなく、まるで人形のように、ただ遺影を見つめ続けていた。
帯牙のことを心配した雅が、再び、玄関へと戻った時、帯牙とラルフが揉めている姿が目に入る。
「お前抜きで、計画が完成するものか!」
「すまない、今は、何も、考えられないんだ……」
「雅! お前も止めてくれ!」
「どうしたの?」
「タイガーが、計画から抜けるって……」
「タイガー! 先生や飛鳥が死んだのは、貴方の所為じゃないのよ? 第一、先生や飛鳥が、それを望んでると思う? やり遂げて欲しいに決まってるでしょ!」
「あいつは、俺にとって、息子みたいなモンだった……一緒に、一緒に、夢を叶えたかったんだ……」
「だったら、尚更!」
「無理だ。今の俺には、もう夢が見れない……」
泣きながら、その場を立ち去ろうとする帯牙に、雅は回り込んで両手を広げ
「行かせない! 貴方は、貴方の責任を果たすべきよ!」
だが、帯牙は雅の肩に手を掛け、誰にも聞こえないように、そっと呟いた。
「お前、あいつのこと、好きだったんだろ?」
雅のことが好きだった帯牙には、雅の想いが解っていた。
映像に映る雅の瞳は、いつも刀真を探していて、飛鳥と
刀真への想いが一気に溢れ出した雅は、その場に崩れるようにへたり込み、号泣する。
だが、帯牙はそれを気に
そうよ、ずっと、ずっと前から、
飛鳥よりも前に、先生のことが好きだった。
先生に認められたくって、ずっと頑張って来た。
でも、貴方は、最後の最後まで、
アタシのこと、名前で呼んでくれなかった……。
先生……
もしも、アタシが先に告白していたら、好きになってくれましたか?
雨は激しく降り出したが、雅の涙を隠してはくれなかった。
世界的なゲーム実況者であるダニエル・フィッシャーの提案で、GTW内でも二人の葬儀をすることになった。
GTW内、サンフランシスコのインベイド本社前には、サーベルタイガーとシリアルキラーの専用機が並んで飾られ、訪問者たちが次々と献花を供えるように、剣を突き立て去って行く。
その葬儀は、一週間続き、その間、誰が言い出した訳でもなく、誰一人として戦おうとはしなかった。
ゲーム内での喪主を務めたラルフ・メイフィールドは、全プレイヤーにメッセージを発信する。
サーベルタイガー・虎塚刀真、シリアルキラー・虎塚飛鳥は、ゲームを支えてくれた仲間でもあったが、俺にとっては、歳の離れた弟であり、妹だった。
随分と生意気な弟であり、妹だったよ。
飛鳥なんて、気に入らないとケツを蹴りやがるし、
たった3文字の名前を略しやがって、ラルさん、ラルさんって、
その癖、悪口の時だけ、ラルフって呼び捨てにしやがるんだ。
けど、居なくなると寂しいモンだな……、
なぁ、飛鳥。
もう『フ』なんて付けなくて、いいからよ。
俺がそっち行っても、また、ラルさんって呼んでくれよ。
刀真、お前と俺たちが見た夢は、必ず成し遂げてみせる!
いいか、よく聞け! テメーら!
今日、この日から、俺たちは全世界に宣戦布告する!
俺たちは、この世界を征服するインベイダー(侵略者)だーッ!
当初、ラルフのスピーチは、テロリストに対する憎しみで溢れたものだった。
しかし、刀真が最後に残したメッセージを聞いて、考えを改めた。
それだけでなく、ラルフは刀真と飛鳥が逝去した
「世界にはまだ、ゲームを良くないモノだと思っている人間が沢山いる。一回で良いからさ、偏見なしに、コントローラ握ってみろよ。楽しいぜ」
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