第169話「また、対戦してね」

「ねぇねぇ、真凰まおちゃん。学校終わったら、ウチでゲームしない?」


「ごめんね、スーちゃん。今日は、パパと遊ばないとダメなの」


「え? 遊んでもらうんじゃなくて、遊ばないとダメなの?」


「そうなの」


「大変ね」


「そう、大変なの」



 インベイド副社長・虎塚帯牙の要請で、新作ゲームのテストプレイに参加していたGTWの上位64名の中に、刀真と飛鳥の姿もあった。

 真凰を一緒に日本へ連れて行くことも考えたが、その期間が三週間と長期であった為、学校のある真凰をそんなに休ませる訳にはいかないと、刀真は両親をアメリカに呼び、真凰の世話と留守番をお願いしていたのだ。


 毎日のように、ビデオチャットはしていたので、それほど寂しくは感じていないようだったが、


「お爺ちゃんじゃ、相手にならないから、早く帰ってきて!」


「え? お爺ちゃんとゲームしてるの?」


「うん。お爺ちゃんも昔プロだったって言うんだけどさ、たぶん、嘘だと思う」


 真実を知らない刀真は、苦手なゲームを嘘吐いてまで付き合わせているのかと、申し訳ない気分になっていたが、それよりも、孫が出来てゲームが嫌いだった父も随分変わったものだと、嬉しい気持ちにもなっていた。



 ようやく虎塚邸でのテストプレイも終え、帯牙は参加してくれたメンバーに感謝を告げる。


「テストプレイに参加してくれて、ありがとう。テストプレイの給与は勿論だが、約束通り、ランクが落ちた場合、ランクの保障は出来ないが、その分の給与の保障はさせてもらうよ」


 その言葉に、20位以下の王たちが、ホッと息を漏らす。

 それもその筈で、GTWでの32位と33位の給与の差は大きく、王としての役員報酬・別途1億ENも、その保障も対象になっていたからだ。


「それにしても、なかなか楽しいゲームだったよ。タイガー、これも給料的なモノが発生するのか?」


「もちろんだ」


「そうか。だったら、GTWじゃ、もう1位に返り咲けそうにないから、こっちに乗り換えるのもアリだな」


 出会ったばかりの頃のヨハンは、鬼気迫る雰囲気を見せていたが、最近では周りに合わせ、ジョークを言うようにもなっていた。


「俺か、飛鳥が、こっちに行かないとも限らないぞ」


「おいおい、やめてくれよ。お前に飛鳥、タイガーに雅、どれだけ親族で独占すんだよ。そういやー、お前んトコには、まだ娘も居たな」


「あぁ、俺より、才能がある」


「マジかよ! 勘弁してくれよ!」


 ルイスも、このゲームが気に入ったようで「いつから、公開するんだ?」と問い掛けた。


「テメーも来んのかよ」


「いいだろ、別に。これは、お前だけのゲームじゃないんだからさ」


「来年の春までには、一度、プロ限定のテストを1ヶ月ほど行って、サーバーの負荷を見た後、インベイド施設での準備もあるから……そうだな、早くとも来年の夏かな?」


「夏か、地球規模のオープンワールドで、剣と魔法の幻想世界。きっと、ユーザーは驚くだろうな」


「ラグナ! 会社が公開するまで、内緒にしてくれよ! しなかったら、テメーでも給与は保障しねーからな!」


「はいはい、解りましたよ。副社長!」


「で、いつ発表するの?」


「あ、雅ちゃんは、公開しても別だよ! 個人的に保障しちゃうよ! なんなら、責任取って結婚しちゃう?」


「おいおい! まだ執着してんのかよ、ストーカー!」


「誰が、ストーカーだ!」


「二十歳過ぎたら、飽きられると思ったんだけどね」


「何言ってんの、雅ちゃん! 俺はロリコンじゃないって言ってるでしょ! だから、結婚して!」


「だからになってねーな」


「うるせー、刀真! お前こそ、ロリコンじゃねーか!」


「ひ、否定したいけど、できない……」


「さて、そろそろ解散しますか?」


「えーッ! 雅ちゃん、泊まっていかないの?」


「いかないわよ!」


 長い期間、幻想の世界で冒険を共にした者たちは、再び、近未来の戦場で会うことを約束し、それぞれの帰路にいた。


 刀真と飛鳥は、成田のサンフランシスコへの搭乗口で、再び、ヨハンたちと出会う。


「あれ? ヨハンもサンフランシスコ?」


「あぁ、最近は故郷(ドイツ)を拠点にはしていないんだ。新婚旅行のつもりで、フレデリカと世界各地の施設を廻っている」


「素敵ね、アタシたちもしたいな~」


「今は、真凰が小さいから、当分無理だな」


「そうね、もっと先かぁ~」


「言ってる間に、二人目が産まれて出来ないかもよ」


「ライバルをこれ以上、増やさないでくれ」


「ヨハンのトコも、増やせば良いんじゃない?」


「それもそうね」


 顔を覗き込むフレデリカに、顔を赤くさせるヨハンであった。



 17時05分、出発1時間前となり、CA(客室乗務員)に案内され、機内へ。

 ヨハンたちとは、かなり席が離れていたが、元々、寝るつもりだった刀真は、スマートフォンを取り出し、アラームを着陸1時間前にセットする。


「きっと、真凰のヤツに、一日中ゲームに付き合えって言われるだろうから、今の内に寝とくよ」


「そうね。それがいいわ」


 飛鳥がCAを呼び、ブランケットを貰うと、それを刀真に掛けた。

 すると、刀真はククッと笑い出す。


「どうしたの?」


「出会った頃は、こんなに気が利く子じゃなかったと思ってね」


「ゲームと一緒で、成長するのよ」


「なるほど、成長が早くて助かります」



 成田からサンフランシスコまでの飛行時間は、9時間30分。

 景色も機内食も楽しむことなく、静かに時間だけが過ぎていった。

 飛鳥も同じように眠っていたのだが、着陸の2時間前に目を覚まし、刀真を起こさないようにラバトリーへと向かう。


 再び、席に戻ろうとした時、飛鳥の目に映ったのは、未だ眠る刀真へ銃を構える女の姿だった。

 飛鳥は、右側の席で書類にサインをしている男性に「ごめん、借りる」といって、万年筆を奪い取ると、女が持つ銃に向け投げると同時に走り出し、そして、叫んだ。


「刀真ーッ! 起きてーッ!」


 投げられた万年筆は、銃身に当たり、本来の狙いからは外れたものの、刀真の腹部へヒットした。

 その痛みで目を覚ました刀真だったが、まだハッキリしない視界の中で、銃を構える女とそれに駆け寄る飛鳥を見る。

 発砲された弾丸が飛鳥の肩をかすめるが、飛鳥は止まらない。


「駄目だ、飛鳥ーッ! 逃げろーッ!」


 深く屈み込んだ身、そして、強く踏み込んだ右足と同時に突き上げられた右拳は、相手の顎を捕らえ砕いたが、代わりに飛鳥の胸を弾丸が貫いていた。


 自分の痛みも忘れ、倒れた飛鳥へと駆け寄る刀真。


「飛鳥ーーーッ!」


 飛鳥は、血を吐きながら、刀真へ別れを告げる。


「生まれ変わっても、また、対戦してね」


「生まれ変わるとか言うな! お願いだから、まだ、逝かないでくれ!」


「真凰のこと、お願いね」


「駄目だ! 俺には、お前が必要なんだ!」


「嬉しい、そんなこと言われたの初めてだわ」


「お願いだから、逝かないでくれ!」


 その願いも虚しく、微笑みながら逝った飛鳥の瞳が、再び開くことは無かった。

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