第170話「虎塚刀真、最期の2時間」

 ようやく、何が起こったのか理解できた乗客たちは、飛鳥が気絶させた犯人の女を取り押さえようと立ち上がったのだが、その内の一人が大きく叫び、それを制止させる。


「動くなーッ! 動けば、このジェット機が吹っ飛ぶことになるぞ!」


 叫んだ男の身には、爆弾らしき物が巻かれてあり、近くに居たCA(客室乗務員)を人質に取ると、再び、怒鳴るように叫んだ。


「死にたくなければ、動くなーーーッ!」


 だが、刀真だけはその言葉に従うことなく、飛鳥を抱き上げる。


「動くなと言ってるだろーが!」


「なら、サッサとやれよ」


「なんだと?」


「目的があるから、爆発させないんだろ? 亡命でもしたいのか?」


 もしくは、9.11のように目標があるかだ。


 刀真は、飛鳥をゆっくりと席に座らせ、爆弾犯と対峙する。


「なにが目的だ?」


「目的? 目的は、この世からゲームを無くす事だ!」


 Extinvadか!?

 ということは、亡命ではなく、自爆テロの公算が高い。

 おそらくは……シリコンバレーのインベイド本社が狙いだな。

 ヤツの注意が、刀真にある今がチャンスだ!


 ヨハンは、席に備え付けてあるヘッドフォンのラインを次々に切断しながら、隣に座るフレデリカに小声で指示する。


「奴らは、刀真がこの機に乗っていることを知っての犯行だ。当然、俺が居ること知っているだろう。つまり、最低でも、あと一人共犯者が居る。ざっと見た感じ、俺を監視する者は見当たらないが、俺が動けば必ず、何かしらの行動をる筈だ。俺が爆弾男を抑える。お前は最後部へ移動して、行動を起こす者が現れたら、そいつを抑えろ」


「はい」


「安心しろ、お前なら出来る」


 実践経験は無いものの、護身術の延長としてヨハンはフレデリカに、傭兵術の一通りを教えていた。

 ラインを手に巻き、靴を脱いで、足音を立てないように、爆弾男へと近づく、ヨハン。


 まずは、起爆スイッチを持つ右腕を折る!


 ヨハンが爆弾男まであと2mと迫った時、人質として捕まっていたCAがカートから銃を出し、ヨハンを撃つ。

 しかし、CAの女は銃に慣れていないのか、弾丸は外れ、ヨハンは近くの座席へ身を隠した。


 まさか、CAまで仲間とはな……となると、パイロットも?

 いや、それはないか。

 パイロットがそうなら、誰に知らせることもなく、墜落させれば終わりだ。


「お客さま、静かにしていただかないと困ります」


 爆弾男から解放されたCAは、座席に隠れるヨハンへと近づき、銃口向けようとしたその瞬間、CAの顔面に靴がヒットする。

 反射的に、CAはそれを投げた者(フレデリカ)に銃口を向けるのだが、その一瞬を見逃すヨハンではなかった。

 ヨハンは、銃を抑えて捻り上げ、それを奪い取ると、かさず爆弾男の右手首を撃ち抜く。

 靴を投げた後、すぐに走り出していたフレデリカが、反対側の通路から座席を蹴って、爆弾男に飛びつき、絞め落とした。

 これで終わったと思ったのも束の間、一人の屈強な男が拍手をしながら立ち上がる。


「流石だな、ヨハン」


「サミュエル? サミュエルなのか?」


 その男は、かつてヨハンが傭兵時代に、何度か戦いを共にした者だった。

 サミュエルは、近くに座っていた少女を無理やり抱きかかえると、そのこめかみに銃を当てる。


「銃を捨ててもらおうか? ヨハン」


「貴様、いつからテロリストになった?」


「最近、傭兵家業も大変でな。こっちの方が、金が良いんだよ」


「これは戦争じゃない、犯罪なんだぞ!」


「ゲームやり過ぎて、けたか? ヨハン」


「なんだと?」


「戦争と犯罪、何が違う? 人を殺すことに、なんら変わりはないだろ?」


「そんな精神論の話をしてるんじゃない、犯罪歴として……」


「全員死ぬのに、どこの誰が、俺が犯人だったとチクるんだ?」


「お前も、死ぬつもりなのか?」


「はぁ? 誰がそんなモンに、付き合うかよ! 俺は、崇高なテロのお手伝いをしに来ただけだよ」


 その時、コックピットが開き、パイロットらしき男が一人出てきた。


「サミュエル、まだ片付いてなかったのか?」


 パイロットも、仲間だったのか……、


「ヨハン、お前さんが居てくれたお陰で、俺たちは雇われたんだ。ありがとよ、いい稼ぎになった」


「冥土の土産に教えてくれ、依頼人は誰だ?」


「人? 人ねー」


「政府か?」


 いやらしく笑い頷く、サミュエル。

 パイロット役の犯人が、ハッチを開き、先に飛び降りる。


「それにしても、ヨハン、お前もぬるくなったな。昔のお前なら、全員死ぬのに人質など意味がないと、俺を撃ってた筈だ」


「確かに、お前の言う通りだ。だがな、俺は今の俺を気に入っている」


「そうか、じゃな、ヨハン。化けて出ないでくれよ」


 サミュエルは、少女を放し、機外へと飛び降りた。


「逃がすか!」


 ヨハンは、爆弾男から爆発物を取り外すと、それを機外へと投げ、照準を合わる。

 だが、それを刀真が止める。


「やめろ、ヨハン! ゲームをしてる人間が、罪を犯してはいけない!」


「何言ってんだ! 正当防衛だろうが!」


「法で裁くんだ!」


「お前、女房が殺されて、なんともねーのか!」


「そんな訳ないだろ! 俺だって殺してやりたい! だが、駄目だ! 飛鳥だって、それを望んじゃいない! 法で裁くんだ!」


「法で裁くたって、全員死ぬんだぞ!」


「まだ、解らんさ」


 予想以上に、コックピットの中は荒らされていた。

 本物のパイロットたちは、既に殺害されおり、計器類も全て破壊されていた。


「無理だ、これじゃ、操縦なんて出来やしない!」


「いや、そうでもないさ」


「これで出来るのか?」


「何故、奴らは、このタイミングで逃げたと思う?」


「目的が俺たちだからだろ?」


「いや、目的はインベイド本社さ」


「それは俺も考えた、だが、どうやってぶつける?」


「おそらく、地図データを書き換え、オートパイロットにしたんだろう」


「ということは?」


「操縦桿は生きているんだ。エアバスで助かったよ」


「ん? 他だったら、マズかったのか?」


「あぁ。エアバスは、人為的ミスを防止するため、コンピュータ制御が優先なんだ」


「駄目じゃねーか!」


「いや、だからこそ、奴らは此処で降りたんだ」


「言いたいことは解るが、それでどうすんだよ」


「確か、A320以降は、サイドスティックを強く引けば、解除されるようになっている……よし、やはり、そこまでは詳しくはなかったようだな」


 1990年代、オートパイロットでの事故が多発したことを重く見た日本の事故調査委員会は、エアバス社に対し、自動操縦装置が解除できるように改修を勧告。

 しかし、事故はパイロットのミスであると主張していたエアバス社は、それを拒否し続けていた。

 その後、3年に渡る交渉の結果、エアバス社は改修を受け入れたのである。


「しかし、お前がジェットの免許を持っていたとはな」


「持ってねーよ」


「はぁ?」


「フライトシミュレーターでの経験しかない」


「ふ、フライトシミュレーターだと!? そんなの経験って呼ぶかよ!」


「大丈夫だ、叔父さんに在ったのと同じだから、やれる筈だ」


「同じっつったって、計器壊されてんだぞ!」


「なんとかしてみせる!」


 叔父さん家でも、計器を隠した縛りプレイをしたことがある。

 俺なら、やれる筈だ。

 そうだろ? マックス、俺には、絶対数感があるんだよな?

 不味い、眼が、かすむ……、

 お願いだ、着陸までで構わないから、俺に進入角度と速度を教えてくれ!


 まるで、何事も無かったように、ジェット機は目的地であるサンフランシスコ・サンノゼ国際空港に辿り着いた。


 ――アタシがパパを倒して、世界一位になるの!


 真凰まお、ごめんよ。

 約束、守れそうに無い……。


「おい! やったじゃねーか! フライトシミュレーターも馬鹿に出来ねーな。お、おい……」


 だが、操縦席で項垂うなだれている刀真が、それを返すことは無かった。


 ヨハンは、副操縦席から離れ、縛り上げたテロリストの元へと向かう。


「一つ聞きたい」


「なんだ?」


「なぜ、ジェットの墜落を計画していたのに、先にサーベルタイガーとシリアルキラーを狙った?」


「……サーベルタイガーが死んだのか?」


「質問に答えろーッ!」


 ヨハンが銃口を向けると、女の方が馬鹿にするように「ゲームしてるヤツが、人を殺しちゃイケナイじゃないの?」と、刀真の言葉をもじり、いやらしく笑い、男の方も「撃てよ、ホラ、撃ってみろよ!」と挑発する。


「アタシが、アタシが、最強のサーベルタイガーを倒したんだ!」


 そう喜んだの聞いて、ヨハンは確信する。


「やはり、そうか。お前ら、BANされた逆恨みだろ?」


 Extinvadのメンバーの中には、インベイド社が禁止している改造行為や他者への脅迫などで、追放された者も数多く居た。


「逆恨みなんかじゃないわ! 冗談で(SNSに)書いたことを真に受けて、アタシをBANしたのよ!」


「馬鹿か? 駄目だと説明されて、利用規約に同意までしてる癖に、何が冗談だ」


「あんなの読む訳ないでしょ!」


「やはり、テロなんて考える奴は言葉が通じん。死んで詫びろ」


 そう言って、ヨハンは撃鉄げきてつを起こす。


「ま、待ってよ! いいの? ゲームしてるヤツが人を殺して!」


「今頃、命が惜しくなったのか? 安心しろ、ゲームしてる人間は罪を犯さない」


 その言葉で、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ヨハンはテロリストたちを絶望の淵に沈める。


「友の仇も討てないのなら、ゲームなんざ、辞めてやる!」


 乾いた銃声が2つ、機内に鳴り響いた。

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