第163話「名人とプロの狭間で」
父と母の遺伝子を受け継いだのか?
自分の膝にちょこんと座る孫娘はゲームが大好きで、そんな孫娘に気に入られようと「お爺ちゃんとゲームする?」と聞いてみた。
「あれ? お爺ちゃん、ゲームが嫌いじゃなかったの?」
「パパが、そう言ったの?」
「うん」
一人息子には、ゲームで人生を狂わせて欲しくなかった。
自分が苦労した分、真っ当な道を歩んで欲しかった。
だが、今の息子に、そんな心配は無用になっていた。
俺の弟が、それを許される時代を作ったからだ。
「うーん? 嫌いだったんだけど、好きになったんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ!」
「でも、お爺ちゃん、ゲームできるの?」
あまりの孫の可愛さに、つい、息子にさえも秘密にしていた封印した過去をバラしてしまう。
「実はね、お爺ちゃんも昔、プロだったんだよ」
「えーッ!? ホントに?」
そして、それを自分が答えるよりも早く、彼女の大好きなケーキとオレンジジュースを持った妻が先を越す。
「そうよ。お爺ちゃん、凄かったのよ」
2018年2月1日、日本eスポーツ連合が設立するまで、海外で賞金を得ることは出来ても、日本でゲームをプレイして生活ができるような環境はなかった。
しかし、それでも、法律の枠内から逸脱できず、連合が決めた数少ないゲームの、そのゲームに対してライセンスが発行されたプロだけの賞金だった。
クールジャパンと海外からもてはやされるようになって、それに興味のない日本の政治家も無視できなくなったものの、日本の文化としてと考えていると言う割には、その為の道筋を作ることは無かった。
今から語る話は、まだ、日本人の誰もがプロゲーマーなんて職業が出来るとは思わなかった1989年まで遡る。
この頃のゲーム業界は、活気に満ち溢れており、新しい世代のゲーム機の登場に、ゲームファンたちは心を躍らせていた。
旧世代、8ビット機時代に居た凄腕のプレイヤーたちは、名人と呼ばれ、雑誌・テレビなどで多く取り上げられ、アニメ化などもされたことから、名人という肩書きは、職業というよりも、ゲーム好きな子供たちにとって、憧れとしての存在になっていた。
しかし、その後も、ゲーム会社の広報部など社員として入社したり、ゲーム雑誌のライターになることあっても『プロのプレイヤーとして、スポンサードされる』というような発想は、この時の世界の何処にも存在していなかった。
「真司くん、君をプロとして応援したい」
「プ、プロ?」
真司は、関東エリアのゲームセンターで開かれる大会で、何度も優勝する凄腕のプレイヤーだった。
この時代のゲーム大会は、店主が風営法を気にしていたかは定かでないが、賞金が出ることはなかったものの、賞品としてゲーム機やゲームソフトなどが贈られることが普通だった。
ゲームセンターにしかないゲームを用いていた為、例え高額なゲーム機を賞品にしても、みんなが店で練習してくれるので、店側は十分な利益を得ていたし、賞品に釣られるとはいえ、ゲームの楽しさを知ってもらう機会を作ることで、より多くのファンを獲得する効果もあった。
真司も、それが目的で参加していて、色んな店の大会へ出没しては賞品を手にし、いつの間にか、関東エリアでは、ちょっとした有名人になっていた。
「そうだ。君も覚えているだろ? 名人と呼ばれた人たちが、ゲーム業界を盛り上げていたのを」
「はい」
「もう一度、あのブームを起こしたいんだよ」
「名人でなくて、ですか?」
「そうだ。もう名人なんて、呼び方は古い古い。それにね、まだ世界には、プロのゲームプレイヤーは居ないんだよ。そして、君が、その最初になるんだ!」
「え、でも、ゲームでプロって……」
「いいかい? 君も知ってるだろうが、将棋や囲碁にプロが在るし、スポーツにもプロが在る。趣味の延長で、既にプロってのが在るんだ。間も無くサッカーもプロ化するって言うし、ゲームにだってプロが在っても、なにも可笑しくはないんだよ」
「でも、俺、まだ高校生だし……」
「真司くん、今しかないんだよ! 今はまだ業界としては盛り上がってるが、このままでは、いずれ衰退してしまう。何故って? 次世代のスターが居ないからなんだよ! 君の腕なら間違いなくやっていけるし、それに君は、ルックスも良い方だ。間違いなくスターになる! 俺が保証するよ!」
「せめて、卒業とか大学とか決まってからの方が……」
「その頃には、ゲームが無くなってるかもしれないんだよ!」
「うーん?」
「真司くん、俺はね。いつか、ゲームのプロも、野球選手のように、凄い年俸が貰えるような時代を作りたいんだ」
「えッ!? そんなに?」
「そうだよ! 俺と君で、夢を実現するのさ!」
俺は、馬鹿だった。
大勢の大人に
「兄ちゃん! ゲームのプロになるの! スゲー!」
「帯牙、兄ちゃんが好きなだけ、ゲームとか漫画とか買ってやるぞ!」
「ホントに! やったー!」
自分の才能に溺れ、学業も
「虎塚、成績が随分落ちてるぞ。このままじゃ……」
「いんだよ、先生。俺は、ゲームのプロになるんだからさ」
「そんな、不確かな職業で喰って行けるとでも……」
親や先生の注意なんて、耳に入らなかった。
ゲームセンターでの実績も残してたし、着実にプロとしての道を歩んでいる。
そう思っていた、いや、そう思い込もうとしていたのかもしれない。
だが、次第に『プロ=負けられない』というプレッシャーに押し潰され、成績は落ちて行った。
練習量が足らないという思い、そして、親や先生の心配の声が
親、先生、彼女の反対を押し切って、高校2年の秋、俺は中退して、ゲーム一本の道を選んだ。
「俺、やるよ! 加納さん!」
「君なら、きっと成功するよ、虎塚プロ!」
俺には、もうゲームしかない!
しかし、時代は残酷にも、ゲームの流行を変えてしまう。
――格闘ゲーム時代の到来。
真司は、その波に乗る事が出来ず、徐々に自分をチヤホヤしていた筈の大人たちも離れて行き、ついにスポンサー契約が打ち切られた。
「加納さん! 俺と、俺と一緒に夢を実現するって、言ってたじゃないですか!」
加納は、面倒臭そうに頭を掻きながら、吐き捨てるように言葉を出した。
「真司くんさー、プロ野球で2軍にも残したくない選手、どうするか知ってる?」
「……」
声が出なかった。
まるで時間が、世界が、止まったような感覚を受けた後、あまりのショックで膝から崩れ落ちた。
「邪魔だから、サッサと帰ってくれる?」
泣きながら、加納に殴りかかったが、周りに居たガラの悪い奴らにボコボコにされ、外へと叩き出された。
「全く、ゲームしか知らねー馬鹿は、これだから」
どうして、こんなヤツを信じてしまったんだ!
どうして、格闘ゲームなんて生まれてきたんだ!
どうして、高校を中退してしまったんだ!
どうして……
俺が馬鹿だった。
「よぉ! 虎塚プロ!」
誇りにしてた筈のアダ名も、その日から、俺を馬鹿にする名に変わっていた。
その日から、ゲームを止めた。
その日から、ゲームを憎んだ。
その日から、馬鹿にされないように猛勉強した。
親の反対を押し切った所為もあって、親父からは「家には残してやるが、今更、大学に受かっても学費を出す気はない!」と言われ、バイトと勉強の毎日が続いた。
そんな俺が時間を取り戻すには、三年もの月日が必要だった。
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