第162話「仮想国家」

 ジム・アレンは、不機嫌になっていた。


 それというのも、数年前に行われたボードゲーム対戦会の目的が、自分だったのではないかと推測したものの、やはり、直接本人からハッキリとした答えが聞きたくなり、その本人であるインベイドの副社長・虎塚帯牙を家へ招き、真相を聞くことにしたのだが……、


「確かに、君の言う通り、あれは君を仲間に入れるために、俺が仕掛けた罠だ」


「やはり、そうか」


「あの時のメンバーは、全てウチの社員でね」


「ということは、どの席に着いても、同じ体験をさせられたってことか……」


「いいや、あれが出来たのは、君と一緒の席に着いた、俺と残り二人だけだよ。君に我々が組んでることを悟られずに、あれをやり、さらに圧勝させないのは難しいからね」


「ちょっと待て、確か、あの時、席の抽選をしたじゃないか……そうか! マジシャンズセレクトか!」


「その通り。俺の席に座るよう、君に取らせたのさ」


「随分、手の込んだことを……普通に仲間として、誘うことは考えなかったのか?」


「それだと、君は俺たちに、何の魅力も感じなかったんじゃないか?」


「確かに……引っ掛けられたことを気にしたからってのは、否定できんな」


「本当のことを言うとね。最初に目を付けたのは、君の親父さんの方でね」


「なんで、父にしなかったんだ?」


「君の親父さんは、今でも世界有数のバンカーだ。しかも、出来立てホヤホヤだった俺たち(インベイド社)に目を付けた(株を買った)。その点において、組み易いと考えた」


「だが、そうしなかった」


「あぁ。俺たちが、君の親父さんと組めないと判断したのは、君という才能を見つけたというのもあるが、バンカーとして優秀過ぎた」


「ん? それの何がイケナイ」


「君の親父さんは、自身の資産を増やす事には長けているが、大きなリスクは決して犯さない。つまり、俺たちの計画には合わない人材だった」


「計画? 俺は合うのか?」


「あぁ。君の売買には、大きなリスクも伴っていた。そして、テストにも合格した」


「テスト? インベイドの株を買ったことか?」


「そうだ。君が君の親父さんと同じ考えであったなら、親父さんから買うことも、親父さんが売ることも止めなかった筈だ」


「計画とは、なんだ?」


「世界征服だよ」


「は? 本気で言ってるのか?」


「あぁ、本気だとも。社名からして、そうだろ?」


 ジムは、インベイドの株を買った後悔を、大きな溜め息として吐き出した。


「残念だよ。期待してた分、ガッカリだ」


「君らしくないな。計画内容も聞かずに、手を引くのか?」


「そんなこと、聞かずとも不可能なことくらい、子供でも解る!」


「世界征服の方法は、武力だけか?」


「他に何がある?」


「経済では無理か?」


「仮に、経済による戦いを仕掛けたとしても、ひんした国は、必ず武力に訴える! 違うか?」


「戦うヤツが居ればな」


「はぁ? 自国を守らない国軍などあるものか!」


「その守るべき国が変われば、どうだ?」


「馬鹿か、テメーは! 侵略せずに、国が変わることなんてあるかよ!」


「俺たちは、仮想空間に国家を創る」


「馬鹿馬鹿しい……」


「通貨は、なぜ成立している?」


「それは、複数の利用者が、それを通貨と認めて……」


「解ったか?」


「そんなことが、可能なのか?」


「計画を知らない者からすれば、それはユーザー登録であり、ゲーム内通貨にしか見えない。ある程度のユーザー数、つまり、国民を獲得したところで、そのゲーム内通貨で色々な取り引きや商売も、段階を踏んで行う」


「それは、全世界を敵に回すことになるぞ」


「その時は、ウチの国民(ユーザー)が、在籍している母国で、反対運動を起こすことになるだろうな」


「だが、そうなると武力制圧するような国も出るんじゃないか?」


「少数ならな。だが、圧倒的多数ならどうだ?」


「たとえ、共産圏でも、無視できなくなる……」


「俺が君に手を差し出すのは、これが最後だ。ジム・アレン、俺たちと来るか?」


「面白い」


 と、ここまでは良かったのだが、段々、それが疑わしく思えてきた。

 それは帯牙とチェスを楽しもうとしたのだが、呆気なく詰んでしまったのだ。

 その理由は明白で、紅茶とお菓子を持って、部屋に現れた妹のマリアに、目を奪われ、勝負どころではなくなっていたからだ。


「マリア、此処から出て行け!」


 だが、それを真っ先に拒否したのは、妹ではなく、帯牙の方だった。


「えーーーッ! なんでだよ!」


「テメー、真面目にやれよ!」


「チェスとマリアちゃんは、関係ないだろ!」


「関係大有りだ! お前、マリアの方ばっかり見やがって、フールズ・メイト(最短)で詰んでんじゃねーよ!」


「マリアちゃんは、俺の嫁だぞ!」


「はぁ? いつからだよ!」


「今だよ! 運命なんだよ!」


「なんだよ! 運命って! マリアは、まだ14だぞ!」


「解ったよ、仕方ないなー、俺の未来の嫁だ」


「そこじゃねー! お前に、マリアは絶対にやらねー!」


「お兄ちゃん……」


「お兄ちゃんって呼ぶな! 気色悪い!」


「じゃ、俺がチェスで勝ったら、マリアちゃんを俺にくれ」


「そんな勝負できるか、ばーか!」


「自信が無いのか?」


「そういう問題じゃねー! 人道的に反するだよ!」


「お兄ちゃん……」


「お兄ちゃんって、呼ぶんじゃねーッ!」


 そう、ジムが不機嫌になった理由とは、後に第十七使徒となるマリア・アレンの方こそが、真の目的だったのではないかと疑ったからであった。

 そして、不幸にも8年もの長き間、この腐れロリコン(帯牙)から「お兄ちゃん」と呼ばれる事となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る