第161話「マネーゲーム」

 切っ掛けは、7歳の誕生日にバンカー(投資銀行家)である父から渡されたボードゲームだった。


「ジム、こいつはゲームだが、よく出来ていてな。もし、このゲームで父さんに勝てるようになったら、ジムは父さんの仕事が手伝えるようになるぞ」


 今考えれば、7歳には難し過ぎるゲームだった。

 ルールも多く複雑で、勝つためのセオリーはあるものの、それが正解ということも無く、さいを振る割には、運に左右されることが少ない、全体の流れを見ながら、如何に自分の資産を増やすか、常に考え、行動する、そんなゲームだった。

 余りにもよく出来たゲームであったため、中には、これを義務教育の一環として、取り入れている国もあるという。


 初めて、父に勝ったのは、9歳の誕生日を迎える前だった。

 父は、負けた言い訳もせず、それを悔しがるどころか、よくやったと俺を褒め、抱え上げて喜んだ。


 そして、約束通り、俺を仕事場に入れたんだ。

 モニタに映る数字と折れ線グラフは、秒単位で変化して、最初は何なのか解らなかったが、父の簡単な説明で、すんなり理解できた。


「安い時に多く買占め、高くなった時にそれを売る」


「あのゲームと同じなんだね」


「そうだ。だが、ゲームと違うのは、本当のお金を使っていることだ。間違えば……」


「破産する」


「そうだ。ジム、いいか? バンカーはな、その見極めが優れたものだけが生き残れる厳しい世界なんだ。やってみたいか?」


「うん」


「じゃ、お前に1万ドルやる」


「えーッ!」


「父さんみたいに増やしてもいいし、銀行へ貯金して使わなくてもいい、好きなものを買って無くしたって構わない。ただし、今後、お小遣いは無しにする。例え全てを無くしたとしても、明日から1セントともやらん。どうする? それでも、やってみたいか?」


「うん」



 父が、そのゲームの必勝法を教えてくれることはなかった。

 そのゲームは、ボードゲームよりも遥かに難しく、そして、情報こそが鍵だと知るのに、少し時間が掛かった。

 そして、15歳に成った時、1万ドルは300万ドルになっていた。


 そんな時だ。

 俺が好きだったボードゲームの対戦会があると知って、参加してみることにした。


 8歳で父さんに勝ってから、このゲームで一度も負けることは無かった。

 俺を楽しませてくれるようなヤツが、現れるだろうか?


 期待で胸を膨らませていたジムだったが、早くもそれをくじかれた。

 参加メンバーの中に、アジア人が混ざっていたからだ。


「アンタ、国は?」


「日本だ」


 日本か、なら、まだマシな方だな。

 ちったー、楽しませてくれよ。


「……では、ジャックポットは無しで、ルールの説明は以上だ。構わないかな?」


 それに全員が了承し、サイコロを振って、席を決める。

 ジムの期待も虚しく、目の前の小太りの日本人は、菓子を頬張りながら、次々とセオリーから外れる行動を起こしていった。


 駄目だ、コイツ、初心者か!

 他のヤツも、大した事ないし……

 さっさと破産させて、終了するか。


 ところが、追い込もうとするも、ことごとく上手くかわされ、破産させることが出来ない。


 なんなんだ、コイツ、気味が悪い。


 気がつけば、その日本人に他のプレイヤーも掻き乱され、まるで彼を中心にした大きな渦の中へ巻き込まれるような感覚を味わう。

 早めにそれを察知していたジムは、所持する土地を全て売り、鉄道を2つと、公共会社を1つ押さえ、反撃に備えた。


 コイツの狙いは何だ?

 株か? 土地か?


 なんとかゲームに勝ちはしたが、そういう仕掛け方もあるのかと、このボードゲームの奥の深さと、それを教えてくれた日本人に感心した。

 思った以上に、楽しませてくれた日本人に、またいつかの対戦を申し込む。


「アンタ、なかなかだったよ。また、やろうぜ」


「どうせなら、俺とマネーゲームをしないか?」


「リアルで、俺と勝負したいのか?」


「いやいや、違うよ。俺とお前さんが組むのさ」


「組む? もっと強いヤツでも居るのか?」


「あぁ」


「誰だよ、そいつは」


「相手か? 相手は……全世界だ」


 ジムは高らかに笑い、その差し出された手を握ることは無かった。


「アンタの手を握るまでもなく、すでに俺は世界と戦っている。もし、その手を握るとしたら、それはアンタが、俺に勝った時だ」


「そうか。だがな、予言しといてやるよ。いずれお前は、お前の方から、俺の手を握りに来る。ゲームをしなくてもな」



 それから、数年経った或る日。

 経済情報誌を読んでいた父が、慌しくPCへと駆け寄る。


「父さん、どうしたの?」


「良いITベンチャーだと思ってたんだが、もう、インベイド社は駄目だ」


「どうして?」


「これを見ろ! インベイドがゲーム機に参入するらしい」


 何故、父がインベイドの株を手放すのか、その理由は聞かなくても解っていた。

 すでに世界には、不動の王者と、それと張り合う2社でビデオゲーム機産業は牛耳られており、そこに新参者が入れる隙間が有るとは思えなかったからだ。


「MIT屈指の天才も、此処までか……」


 だが、俺はその天才の横に座るアジア人に、目を奪われた。


 あ、アイツじゃねーか!


 ――いずれお前は、お前の方から、俺の手を握りに来る。


 あれは……俺と知って、近づいて来たってことか?

 いや、違うな……きっと、ヤツなら恐らく!


 ジムは、机に駆け寄ると、その引き出しの中から、ボードゲーム対戦会のチラシを取り出し、その主催者をチェックする。


 この時から、俺に目を付けていたのか?

 俺を、俺だけを捕まえるための、罠だったのか?

 そして、あれは、あの勝負は、勝つことより、印象を深く刻むため、わざと掻き乱したっていうのか?


「クッ、クッ、クッ、クッー」


 突然、笑い出した息子に驚いて「どうしたんだ?」と、心配する父をさらにジムは心配させる。


 いいだろう、お前の手を掴んでやるよ!


「父さん。インベイドの持ち株を全部、俺に売ってくれないか?」


「おい、どうしたんだ? お前なら説明しなくても、何故、早急に売りに出さないとイケナイのか理解できるだろ?」


「あぁ、でも俺は、俺の勘を信じたい」


 後に、第七使徒ジム・アレンの父であるヘンリー・アレンは語る。


「あの時だ。息子が俺を超えたのは」

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