第164話「パパは世界一」

「ねぇねぇ、ちってる(知ってる)? アタチのパパは……ちぇかい(世界)でぇ、一番なんだよ!」


 自分のパパが世界一位だと自慢したい娘は、そこらじゅうを駆け周り、色々な大人の袖を引っ張っては教えていた。

 実は、此処に居る全ての者が、その子に言われずとも、それを知っているし、娘の話す日本語を理解できない者も居たのだが、その娘もまた有名で、言葉が解らずとも何を言っているのかは理解できており、娘が立てた人差し指に合わせ、まるで初めて知ったかのように驚いていた。


「えーーーッ!? ホントにーーーッ!?」


 この場は、第7次Grand《グランド》Touring《ツーリング》War《ウォー》終結宣言、つまりは、ゲーム上位者の表彰と、デザイン賞の発表が行われる式典会場なのだ。

 会場内には、立食式のパーティーのように、いくつもの円形テーブルに様々な国の様々な食べ物が並べられており、会場の壁にも、無料で飲めるドリンクサーバーが並んでいる。



「ねぇねぇ、ちってる? アタチのパパは……ちぇかいでぇ、一番なんだよ!」


「マジでぇーーーッ!?」


 中には、3回目の者も居るようだった。


 な、なんて優しい世界なんだ。

 でも、恥ずかしい……。


「ちょっと、真凰まお! もういいから、こっち来なさい!」


「だめだよ、みんなに、おちえてあげないと!」


「知ってるから、もう、みんな知ってるから!」


「ちらないひと、いるかも、ちれないよ?」


「大丈夫、みんな、知ってるから」


「ホントに?」


「本当だよ。それでパパ、今日、此処に呼ばれたんだから」


「ちょうなの?」


「そうだよ」


「ちょっかー、みんな、ちってたのかー」


 ハァー、可愛いんだけど、疲れる。


「でも、おちょとには(お外には)、ちらないひと(知らない人)が、いるかもちれないから、いってくる!」


「こら、待ちなさい! 真凰まお!」


 駆け出す娘を慌てて追いかけるのだが、娘は鬼ごっこが始まったかのように楽しみだし、人の間、テーブルの下を潜り抜け、キャッキャと笑いながら逃げ回る。


「ゲームじゃ、最強のサーベルタイガーも、リアルじゃ、娘も捕まえられんか?」


「うるせー、ルイス! お前も手伝え!」


「やれやれ」


 現役を引退して監督業に専念したとはいえ、まだまだ体力の衰えを知らないルイスにアッサリ捕まり、ようやく、父親である刀真へと引き渡される。


「パパ、るいちゃん、つかうのジュルイィィィーッ!」


「ズルイって……鬼ごっこしてないのに」


「じゃ、いまから、ちゅる?」


「しなーい」


「えぇぇぇーーーッ!」


 刀真は、ごねる娘を抱き上げ、会場の奥にあるステージを指差した。


「もうちょっとしたら、パパ、あそこに呼ばれるから、おとなしくしてなさい」


「あちょこに、いくの?」


「そうだよ。あそこに行って、一番おめでとうって言われるんだよ」


 そう言うと、パパが表彰されるのが嬉しいのか、はしゃぎ始める。


「こら、はしゃぐな。落ちるぞ」


 子守が一人なのを不思議に思ったルイスは、母親の所在を問い掛けた。


「そういやー、ママは、どこへ行ったんだ?」


「あいつなら、久しぶりに、東儀と話すって……」


「あぁ、雅、今年はずっと忙しかったからな」


 東儀雅は、インベイド社の広告塔として、世界中を飛び回っていた。

 在学中は、長期休日のみだったのだが、今年の春に大学卒業すると、当然のようにインベイド社に就職し、世界各地のイベントに参加させられ、それはまるで世界的ミュージシャンのワールドツアーのようだった。


「美人だから、ある程度の予想はしていたが、まさか、あんなに人気が出るとはな」


 2025年、U-18のサバイバルゲーム世界大会で注目を浴びた雅は、それを制すると人気に拍車が掛かり、いつの間にか『双銃の女神』と呼ばれるようになっていた。


「U-18だけの話だろ?」


 そういったアンチの声が出たのは、サバイバルゲームを中心に部活を行っていたため、GTW内の成績がイマイチになっていたからだった。

 しかし、翌年も連覇を果たして、高校を卒業すると、GTW内でもその実力を発揮し、2027年以降、トップ10以下になることはなく、その後、評価を低く見積もるアンチは居なくなった。


「ホント、人気もそうだけど、強くなったな。今年は、危うく女神さまに順位を差し出すトコだったよ」


 そう言って刀真たちに近づいてきたのは、その雅のお陰でプレイヤー登録数の桁が変わり、ようやく表舞台へ上がったラグナだった。

 すると、真凰まおは、ラグナの肩を叩き、誰も知らなかったことを暴露する。


「ラグちゃん、ミヤビちゃんに、フラレたの?」


「えーッ!? なんで知ってんの!? あ、ママに聞いたのか……」


「マジかよ!」


「イベントをずっと一緒に周っててさ、仲良くなったから、イケルかな~って思ったんだけどね」


「お似合いだけどな~。他に、好きなヤツでも居るのかね?」


「聞いたことねーな」


「タイガーだったりして」


「それはない。叔父さんは、毎日フラレてるらしい」


「毎日? ストーカーじゃねーか!」


「あぁ……否定できない」


「諦め悪いねー、そういやー、マリアの時は8年だったな」


「そういう意味でも、とりあえず、ラグナにしとけばいいのにな」


「とりあえずって……」


「でも、マリアはそこから、ラルフと付き合って、結婚したぜ?」


「確かに、その手も、アリか……」


「駄目だ!」


「なんで?」


真凰まおに、危険が及ぶかもしれん!」


 最初は、親馬鹿を笑ったものの、ルイスが重大な事実に気づく。


「あ! もしかして、だから、誰とも付き合わないんじゃ?」


「なるほど、確かにありえるな。可愛い姪のためにか」

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