第157話「溺れた策士は?」

 今から二週間前、帯牙はオヤツのクッキーを使って、飛鳥にヨハンの棋譜きふを教えていた。


「いいかい? 飛鳥ちゃん。ヨハンの兵の攻撃パターンはね、こうやってこうやって……あ、飛鳥ちゃん、それ以上、食べないで!」


 必要以上にクッキーを用意していたのだが、飛鳥の頬張るスピードが早過ぎて、ヨハンの兵の数を下回ろうとした為、慌てて止めに入ったのだ。


「えぇ~!」


「説明が終わったら、食べて良いから……」


 お預けを喰らった犬のような表情を浮かべる飛鳥に伝わるか不安に感じながらも、帯牙はヨハンの棋譜を全て説明した。


「どう? 解った?」


「うん。じゃ、もう食べていいよね?」


 オヤツが気になって説明を聞いていない感じがする飛鳥に、復習を兼ねてテストをすることに。


「ちょ、ちょっと待って! え~っと、これとこれが、こう動きました。じゃ、次は?」


「こうでしょ?」


「おぉ! じゃ、これとこれとこれが、こう……」


「こうなって、こうなって、こうなって、ヨハンが撃ってくるんでしょ?」


「おぉ! 正解!」


「もう食べていい?」


「いいよ、いいよ。全部食べちゃって!」


 刀真の時もそうだったが、

 一度見ただけで、記憶してしまうとはな……。



 サーベルタイガーの攻撃は、まるで予知能力でもあるかのように、次々とヨハンまでのルートを潰し、シド・インダストリアを動けなくしていた。

 だが、その攻撃は、あくまで足止めが目的のようで、機体にかすりはしても、墜とそうとする気配がない、そんなサーベルタイガーに、シドは激昂げっこうする。


「テメー、何様のつもりだ!」


 言葉に出したことで怒りが頂点に達したシドは、頭上で繰り広げられているサーベルタイガーとシリアルキラーが戦う舞台へと向かいつつ、仲間にヨハン討伐を命じる。


「キース、ハリー! お前たちでヨハンをれ! いいようにヨハンに撃たせるなよ!」


 切れのいい返事と共にキースとハリーは、ヨハンにシドを狙わせないように乱射しながら、その距離を詰めて行く。

 だが、それを目視したヨハンはほくそ笑み、兵たちに命じる。


「A班、特攻して自爆後、リヒターフェルデへログインし、キースにプレス(ゾーンプレス)を掛けろ! フレデリカ、お前は……」


「ハリーを始末すれば良いんでしょ?」


 その答えを聞くよりも早く、ヨハンの背から離れたフレデリカは、ハリーのGTMへと一直線に飛び立った。



 飛鳥は覚えさせられた棋譜をなぞりながら、ヨハンの兵の攻撃をかわしていく。


 これ来て、あれ来て、このタイミング!


 混戦する中、シリアルキラーとサーベルタイガーが、まるで図ったように間合いを開けると、そこへ分厚いレーザーが通り抜けた。


「キース、ハリー! 簡単に撃たせてるんじゃねー!」


 シドは、不甲斐ない仲間へ怒号を飛ばすのだが、数秒も経たない内に、キースもハリーもベルリンへ入ることさえ叶わず、その姿を消した。


「クソがぁー!! こうなったら、テメーだけは墜とす!」


 シドはサーベルタイガーへ向け、装備するトンファーを振り上げ、それ見た飛鳥は、それに合わせ挟み込むように、刀真へスノードロップを振り下ろした。


 この距離なら、撃って来る!


 シドのトンファーの内部には、1発しか撃てない飛び道具が隠されており、この攻撃が打撃ではなく、射撃と判断した刀真は、背面であるにもかかわらず、半身でそれをかわす。


「こ、この距離でかわしただと!?」


 刀真の機体を擦れ擦れで抜けていく弾丸が、今度はその延長線上に居た飛鳥を襲う。

 飛鳥は、振り下ろしていたスノードロップで、それを叩き落したのだが――その腕を刀真が掴む。


「回させるかーッ!」


 その台詞を刀真はクスリと笑うと、掴んだ腕に両足を掛け、鉄棒の飛行機飛びの要領で、その場を離れた。


 ヤツが離脱したということは……。


 それは、一瞬の差だった。

 考えるよりも早く体が動いた飛鳥は、シドの肩を蹴ってその場から離脱し、考える分だけ反応が遅れたシドは、レーザーが発する青白い光の中で溶けていった。


 なんとかヨハンのレーザーを逃れ、ホッとしたのも束の間。

 その分厚い光が、まだ微かに残ってる向こう側から、刀真のGTX1000が戦闘機の状態で突き抜けて来る。

 流石の飛鳥も、それには反応することさえ出来ず、コックピットに体当たりを受けた。


「アンタ、きったないわねー!」


「うるせー、俺の勝ちだ」


 飛鳥の機体が爆発し、遅れるようにして刀真の機体も爆発し、さらに遅れて分厚いレーザーがその場を突き抜けた。


「惜しいぃ~」


 ヨハンは、悔しがるフレデリカを笑いながら、


「まんまとサーベルタイガーに乗せられたが、シドが狩れただけ良しとしておこうか」


「そうね」



 帯牙は、モニタを観ながら爆笑する。


「まさか、お前が相打ちを選ぶとはな」


 ゲーム上での勝敗で言えば、時間差があったとはいえ、刀真と飛鳥は『引き分け』である。

 しかし、実質的であり、精神的な勝者という意味においては、刀真と言えた。

 だが、それは逆に、そこまで刀真を追い詰めたということになる。


「刀真が計算ミスをするとは思えない。人型だったら、飛鳥ちゃんに避けられるし、ヨハンだけでは駒が足りないって感じた訳だ。それって、お前が負けを認めたってことじゃねーか? 次こそ無いぞ、刀真」


 飛鳥は、やはり納得が出来ないようで、再び、部屋に現れ「もう一回、勝負しなさいよ!」と、刀真の袖を引っ張り続けたのは、言うまでも無い。

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