第155話「厄介なログイン者」

「20分後に、俺が先にログインしておくから、お前は検索して入って来い」


 飛鳥から出された返事は、声ではなく、親指だけ立てられた拳を下に振る動作で、抜け殻のようになった帯牙の首根っこを掴むと、それを引き摺りながら、大股で猛々しく部屋を去って行った。


「全く……なんなんだアイツは……」


「すみません」


「あ、気にしなくていい。ちょっと愚痴っただけだ。俺もあおったからな、仕方ないってことにしておく」


 飛鳥が部屋から立ち去った後、刀真の発言に少し違和感を覚えた美羽みうが、それについて問い掛ける。


「先生が、エリア選定をするんですか?」


 やはり、安西は視野も広いが、勘も良いな。

 育て方によっては、化けそうだ。


「よく気づいたな。お前が飛鳥のオペレーターでなくて助かったよ、安西」


 どういうことか、イマイチ理解できない他の部員たちは、一斉に小首を傾げた。


「安西、どうして、そう思った?」


「いつもの先生なら、エリアの選定も飛鳥ちゃんにあげるかな?って思って」


「あぁ……でも、それの何が『助かった』になるんです?」


「南城、俺がエリア選定を渡さない理由があるとすれば、何だと思う?」


 そう改めて聞き返されたことで、ようやくつむぎも気づく。


「あ、そうか! 不利なエリアがあるんだ」


「そうだ。もっとハッキリ言えば、エリアによっては呆気なく負けるんだよ」


 最強のプレイヤーからというよりも、負けず嫌いの人間から、その言葉が出ると思わなかった雅は驚き、その言葉を繰り返す。


「呆気なく!?」


「1分持つかどうかも、怪しいな。例えば、東儀、それは何処だと思う?」


「障害物の少ない、月とか砂漠でしょうか?」


「正解だ。あと、空中戦のみだったり、海上だな」


 海上という単語から、反射的に「海中は、どうなんですか?」と美羽が尋ねると、周りの部員たちから「あぁ~」と、感心の声が漏れた。


「海中は、水の抵抗を受けるから、遅過ぎて勝負がつかない」


「あぁ~、そうですよね……」


「安西、落胆することはない。疑問に思うことは悪いことじゃない。仮に、それが常識だったとしても、掻く恥は一度だけだ。そして、一度聞けば、それは経験になるから、再び、考えたり、悩んだりしなくて済むだろ?」


「はい」


「いいか? お前たちも、自分で答えを見つけ出すことは良いことなんだが、いつまでも、考え悩み続けるくらいなら、聞いた方が良い。そして、常識だからといって考えから除外することは、ゲームだけでなく、勉学においても、強くも賢くも成れない。聞かないで、何度も同じ失敗をすることの方が恥ずかしいことだと思うようにしろ」


 久しぶりに、顧問らしい発言を終えたところで、刀真は自分の筐体へ乗り込むと、早々にキーボードを操作して、検索を始める。


「さて、問題はヤツが居るかどうかなんだが……」


 検索欄に打たれた文字【JOHANN】がヒットし、現在地が表示される。 


「居たな、ベルリンか……高層ビルのない、エリアを選ぶなんて、ヤツらしいな」


 刀真がエリア選定を行ったところで、ジオラマにベルリンの街並みが展開される。

 エリア内に複数のプレイヤーが居るのを見て、部員たちは驚き、いの一番に紬がそれを声に出す。


「えーッ!? タイマンじゃないの!?」


「でも、こうでもしないと、今の飛鳥ちゃんには勝てないってことか……」


 紗奈が口にした理由を理解できるものの、やっぱり、引っ掛かる紬は「なんか、ズルく感じるなぁ……」とこぼした。


「そうね。戦場を支配できる先生にとって、仲間を増やしたように感じるわね。でも、条件は同じ筈よ」


「でも、これじゃ、飛鳥に勝っても、また、ノーカン!って言われそうですね」


「そうね」と笑った時、一人だけ大人しくマップを見ていた美羽があることに気づいた。


「あ、ヨハンが居る」


「うわぁ、ホントだ!」



 その頃、テンペルホーフ空港でレーザー砲を構えるヨハンは、ランキング13位のシド・インダストリアをスコープ内に収めていた。


「じゃな、シド!」


 そう言って、ヨハンがトリガーに手を掛けた時、オペレーターのフレデリカが厄介なログイン者を発見する。


「ヨハン! サーベルタイガーが此処へログインして来る!」


「なに? ヤツのランクは?」


 フレデリカが「7億8千……」と言ったところで、ヨハンは溜息を吐き、


「ハイリスク、ノーリターンかよ!」


「どうする? ヨハン」


 レイト差を考えれば、間違いなく、この数時間稼いだポイントが消える。

 2位のネメシスがシリアルキラーに狙われたことで、自分との差はかなり広がっていたものの、逆に、ハイペースでランクを上げてきたシリアルキラーの方が気になっていた。


「折角の大物(シド)だったんだが、諦めるか。シリアルキラーだったら、このまま続けても良かったんだがな。フレデリカ、ログアウトの……」


 ヨハンがログアウトを決意した時、ゲームを続ける理由がログインして来た。


「シリアルキラーまで!? 急いで、ログアウトの準備を」


「待て!」


 ヨハンは、その真意を考える。


 ヤツらは、師弟関係。

 仲良く、此処でポイント稼ぎか?

 いや……、

 ラルフのヤツが『教えを断ってる』と言ってただけに、その線は無いか……、

 となると、実戦形式での対戦か?


「フレデリカ! 兵たちに戦線から離脱し、指示があるまで待機と伝えろ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る