第137話「教えているのは?」

 桃李ゲーム部員たちが、ジオラマで色々な試合を観戦していた頃、刀真はインベイド社の工場へ、申し訳なさそうな表情を見せながら、電話を掛けていた。


「シリアルを5台お願いしたいんですが、余分ってありますか?」


 何故、刀真が『余分』という言葉を使ったのかというと、7月にプロ増員発表が予定されており、筐体生産工場は今、それに間に合わせる為、24時間フル可動しているからだ。


「プロであれば先渡しも可能ですが、聞いてきたということは、プロじゃないんですね?」


「はい、発表までには、プロになっていると思います」


「なら、その5台、その時ではイケマセンか?」


「いえ、できれば現行のモノを早く欲しいんですよ」


「え? テストサーバー用ですか?」


「いえ、ユーザー変更可能な施設用のシリアルでお願いします」


「えーッ! となると……ちょっと、すみません」


 電話相手である工場長は、受話器を塞ぐと、遠くで作業している社員に「おーい、そこのヤツ、中止!」と、指示を出した。


「申し訳ないですが、在庫の改造も同時に行っていたので、出せるとしても1台ですね」


「そうですか……あ、それなら、ウチにあるイプシロンをシリアルに改造できませんか?」


「え? 聞いてませんか?」


「はい?」


「実はですね、副社長の許可を頂いて、すでにそちらのイプシロンもですが、ゼータも回収させてもらったばかりなんですよ。で、今出せると言った1台が、改造前のそれになります」


「そうでしたか。すみません、では、それで結構ですので、現行の改造でよろしくお願いします」


「解りました。では、明日の夕方には、そちらへお届けできると思いますので」


「よろしくお願いします。あぁ、あと!」


「なにか?」


「すみません、ちょっと待ってください」


 そう言って、手で受話器を塞ぐと、雅を呼ぶ。


「なんですか?」


「お前のシリアルを此処へ持ってこようと思うんだが、構わんか?」


「え? あ、はい。いいですけど……」


 雅の了解を得ると、再び、電話に戻る。


「すみません。桃李成蹊女学園にあるシリアルをウチへ移動のお願いしたいんですが?」


「了解しました。では、一緒に配送させていただきます」


「よろしくお願いします」


 刀真は電話を切ると、まるで溜息のように「1台かぁ~」と吐き捨てた。


「此処にある筐体じゃダメなんですか?」


「それがな、無くなってた」


「え!?」


「副社長と言えども、例外なく筐体は、あくまでインベイドからのレンタル品なんだ。そして、プロ増員予定の7月に合わせるには、1台たりとも無駄にはできない」


「あぁ……」


「で、ウチにあった、イプシロンとゼータの4台が回収されてたんだ」


「え!」


「プロ増員に合わせて、レギュレーションも変更され、筐体もゼータに変わるから、丸々32000台が必要になってくるんだよ」


「また、そんな秘密をペラペラと……」


「広告塔のお前は、もう身内なんだから、喋っても問題ないんだよ。いいか、お前は喋るなよ!」


「喋りませんよ……」


「脱線した、話し戻すぞ。となるとだ、テストサーバー用は、おそらく叔父さんと飛鳥が使ってるだろうから」


「実質、先生の1台だけ?」


「そうなる」


 インベイド施設用のシリアルは、ユーザーの切り替えが可能だが、各家庭に届けられたシリアルは、網膜データがロムに焼き込まれているため、本人しか使えない。

 テスト用のシリアルは、テストサーバーにしか使用できなく、帯牙のシリアルも帯牙専用であるため、残りは刀真が教えるために使う自分用シリアルということなのだ。


「でも、どうして、こっちに持ってくるんです?」


「俺のを学校に持っていてもいいんだが、ジオラマを使いたいんだろ?」


「はい」


「俺もジオラマが在った方が教えやすいから、使うことには賛成なんだが、流石にジオラマの移動は出来ない」


「なるほど」


「それより、お前のリベンジ戦、6月初旬までに済ませておきたいんだが……」


「え?」


 5月も半ばを過ぎ、6月の初旬となると、二週間もない。

 まだ、十分に練習が出来たとは言えない状況で、雅は対戦することに戸惑いを感じていた。


「レギュレーションの変更は、7月に予定されてはいるが、前倒しされ無いとも限らない」


「変更後だと、勝てませんか?」


「勝てるか勝てないかの問題ではなく、強い者ほど、真剣にレギュレーションと向き合うことになる。そうなれば、ヤツも時間を取られて、対戦どころではなくなるのさ」


「そんなに、大幅な変更なんですか?」


「そうだな、細かい変更ではあるが、舐めてるヤツはエライ目にあうだろうな。相手がお前を舐めていたならば、調整相手として対戦してくれるだろうが、37位まで来たヤツがお前との対戦を軽く考えるとは思えん」


「さ、37位?」


「そうだ。スカルドラゴンは、以前、オロチという名で37位まで登っている」


「え? でも、アタシと対戦した時は……」


「ヤツは、ルイスに負けたことで、武器もGTMも変更し、順位を下げてでも勝つことに拘ったんだ」


「アタシは……アタシは、勝てるんでしょうか?」


「相手の順位なんか、気にするな」


「でも……」


「お前、誰が教えていると思ってるんだ?」


 そう言って、刀真は微笑むのだった。


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