第138話「ゼータ」
GTWでは、新しい武器の申請が通れば、情報はすぐに開示され、誰でも使用することが可能になっている。
また、GTMの調整においても、誰でも自由に閲覧するだけでなく、それをワンクリックでコピーすることまで出来た。
そのことから「武器は兎も角として、時間掛けて考えに考え尽くした調整をコピーされるのは嫌だ!」という声が数多く、インベイド社に寄せられていた。
だが、トッププロになればなるほど、自分に合った調整を行っている為「使えるモンなら、使ってみろ!」というプロが殆どで、
さらに歯止めをかけたのは、ランキング13位のシド・インダストリア。
「調整を知られて困る、なんて言うヤツは二流」
この発言で、一気にその声は小さくなるのである。
とはいうものの、やはり上位陣のコピーで戦場は溢れ返っており、特に酷かったのは、ネメシスのコピーで、剣を振る技量も無ければ、種が判ったとはいえ、必殺の無影剣を使える訳も無く、そして、調整で銃は戦場で拾うしかなく、皆一様に数分で撃ち墜とされていた。
結局、万人向けの調整でないことから、ほんの数人程度しか乗りこなせず、殆どの者が機体の選び直しを行うことになる『初心者あるある』が続いていたのだが、2025年7月12日に劇的な変化が起こる。
それは、プロ増員32000人と、新筐体ゼータの発表。
今まで配信者は、配信に必要なカメラやマイクなどを筐体に持ち込んでいたのだが、人気実況者であるダニエル・フィッシャーの要請を受け、ゼータ筐体からは、何も持ち込まずに配信が可能になったのだ。
そして、何より、このコンテンツの最大の売りは、配信者にお金が入る仕組み。
配信及び、動画を観たい人が、視聴するために必要な金額は、1配信につき、なんとたった1EN。
仮に好きな配信者が、毎日一本配信したとしても、観る費用は365ENという訳だ。
さらにプレイヤーだけでなく世界を驚かせたのは、配信の際に同時通訳が行われたことだった。
それは人によるものではなく、AIによるもので、ラルフはAIに語学だけでなく、方言やスラングまで学ばせることによって、その正確さや、翻訳の遅延なども、日に日に改善させた。
さらには、タイムシフト(放送を録画した動画)で観ると、より正確な翻訳に変換されていたのだった。
これによって、日本語で話そうが、英語だろうが、中国語だろうが、配信者の手を
プロが見えなかった640人時代とは違い、32000人となった今、もしかしたらプロになれるかもと考える者が増えたことで、初心者を教える配信や動画も増え、中堅プレイヤーたちは上位を目指すことよりも、配信による利益を選ぶようになり、機体コピーを否定する者は居なくなった。
慣れるまで観光フラグを立てプレイした方が良いであるとか、生き残ることを優先してGTXより、GTRがオススメなど、似通った動画が増え続ける中、一風変わった配信者が現れる。
それは『プロの底辺』と呼ばれたドナルド・ザッパーという男で、如何にして逃げ勝つかというプレイスタイルが人気を博した。
ザッパー! 後ろ! シリアルキラー映ってたぞ!
「嘘だろ? マジかよーッ!」
おい! ザッパー! 逃げんなよw
闘えよ、ザッパー! 男、見せろよw
シリアルキラー墜として、伝説をつくろうぜ!
「うるせー! 逃げるのも大切なんだよ! これは勇気ある撤退なんだ!」
オメー、いつもじゃねーかw
だが、必死の逃走も空しく、後ろからバッサリと斬られ、あえなくゲームオーバー。
結局、やられてんじゃねーか、ゲラゲラゲラ。
やられるなら、闘ってやられろよー。
「何言ってんだ、シリアルキラー相手に、1分も逃げられたんだぞ!」
自慢にならねーよ!
41秒だよ、サバ読んでんじゃねーよ!
「41秒だってスゲーだろ! シリアルキラーは、5秒に一機墜とすんだぞ!」
ハイ、ハイ、ソウデスネー。
流石、逃走王!
「逃走王って呼ぶんじゃねー!」
さて、ここで気になるのは、配信者とインベイド社の取り分。
配信者が7に対し、インベイド社が3。
つまり、1万人観れば、配信者に7000ENが入る仕組みになっている。
ちなみに、世界一位の配信者ダニエル・フィッシャーは、たった1放送で最低でも300万EN稼ぐことになる。
同時翻訳機能で、多言語に対応していることから、他の動画サイトよりも世界の人に閲覧される可能性が高く、また、ゲーム筐体以外からも、インベイド社の動画サーバーにアップできた為、
こうして、動画サイトにおいて、インベイド社の
まだ、そんな片鱗も見せていない、2025年5月23日。
エキシビジョン決勝での調整内容を見て、嘆く男が一人。
「嘘やろ! デフォルトやんけ! なんなんや、コイツら……」
あんなに乗り難い機体だから、さぞかしダウングレードしてるのだろうと思ってたスカルドラゴンのオペレーター和也は、モニタから眼を離し、天井を見上げた。
ルイスが暫く離れることから、今後、最も注意しなければならない相手は、サーベルタイガーであり、シリアルキラー。
その為、全ての戦歴から、使用武器や調整、そして、闘いに癖がないのかを調べていたのだ。
最後の試合から遡っていたのだが、次にルイスと闘ったサーベルタイガーの調整を見て驚愕する。
「はぁ? け、削っとる……ルイスのスピードに、負けへんためか?」
慌てて、自分たちが闘った東京での履歴に変え、更に驚く。
「お、同じ!? ルイスん時と同じやんけ! つーことは、これがサーベルタイガーの調整か……」
和也としては、これを踏まえて、スカルドラゴンのGTMであり、武器を検討しなければならない。
そう、和也はメカニックも兼務しているのだ。
和也が頭を抱えていると、たこ焼きを頬張りながらスカルドラゴンが現れた。
「なんや和也、今頃見とんのかい」
「だって、ルイスはワールドカップでおらんくなるから、こいつらの対策考えとかなアカンやろ」
「今は、考えんでもえぇ」
「なんで?」
「ヒントは、エキシビジョン決勝や」
「へ? 月?」
「なんでやんねん! サーベルタイガーの装備じゃ!」
そう言っても、サッパリ解っていない弟分に、仕方なく説明する。
「おそらく決勝は、次のレギュレーションでやってた」
「え?」
「このゲーム、レギュレーションに合えへんかったら、出撃でけへんやろ?」
「あ! そっか!」
「決勝だけの為に、
「となると、レギュレーション変更は近々あるってことか!」
「今、頭つこーて変えても、レギュレーション変わったら、また考え直しや、アホ臭い」
「じゃ、調整は」
「レギュレーションの後、後。でもまぁ、武器を考えとくぐらいはアリやな」
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