第134話「Prototype」

 虎塚邸の右側面は、まるで運送屋の倉庫のような巨大なシャッターが3つ並んでいた。

 刀真が胸ポケットからスマートフォンを取り出し操作すると、重々しい音を立て、それが開く。

 てっきり、GTWの筐体が現れると思ってみれば、スーパーカーやバイクがズラリと並んでいるのを見て、つむぎは思わず「ドライブゲームでもするんですか?」と尋ねると、返って来たのは意外な答えだった。


「いや、これは筐体ではなく、本物で、叔父さんの趣味だ。で、此処は本来、駐車場ではなくて、筐体を搬入するエレベーターなんだ」


「え! エレーベーター!? これ、まるまる動いちゃうんですか?」


「そうだ。知っての通り、GTWの筐体はデカイし、バラしても大きい部品ばかりなんだ。それが実験機となれば尚更で、このくらいのエレベーターは必要になるんだよ」


 刀真は再びスマートフォンを操作してシャッターを閉めると、ゆっくりとエレベーターが上昇を始める。


「ウチには、もっと早いのが在るんだが……また、抱きつかれでもしたら厄介だからな。非常階段も在るが、ジオラマは最上階だから、当分はコレを使おう」


 ジオラマの名を聞いて、雅が早速質問する。


「ジオラマは、インベイド本社と違う機能ってあるんですか?」


「いや、全く同じモノだ。今後も、OSのバージョンアップもダウンロードだから同時期になるし、ハード的なバージョンアップをやる予定もない」


「他には、どんな機械があるんですか?」と、瞳を爛々と輝かせた紗奈が聞く。


「通常のプロトタイプ・イプシロン筐体が2台、次のプロトタイプ・ゼータが……」


 そう言った瞬間、次のバージョンが自宅の駐車場に2台入るか気になっていた雅は、刀真がその数を言う前に、その大きさを問うた。


「え! 次のバージョンが此処に在るんですか! 大きさは、どのくらいなんですか?」


「在るには在るが、まだ改良の余地があって、今の大きさを聞いても参考にならないと思うぞ。プロトタイプと呼んでおいてなんだが、今、ウチに在るのはゼータの試作機に当たる」


「そういえば、なんでプロトタイプって呼んでるんです?」


「永遠に、完成させないつもりでいるからさ」


「完成させないんですか?」


「バージョンアップを止めないって、決意表明だよ」


 おぉと感嘆の息を漏らす部員たちの中で一人「ほ、他の機械は?」と、次を急かせる紗奈。


「あぁ、途中だったな。で、そのゼータが2台あって、あとは俺と叔父さんのシリアルが2台で、テストサーバー用の筐体が3台で、以上だ」


「え? モーションキャプチャーとか、あと、開発室とかは……」


「残念ながら、北川が見たそうな開発機材や部署は無いよ。ウチはどちらかと言うと、最終テストをする部署なんだよ」


「なんで、テストサーバーだけ1台多いんですか?」


 普通、そこ気にしないモンなんだがな……、

 ホント、安西の着眼点には感心するよ。


 口に出せば、きっと美羽みうは質問しなくなると考えた刀真は、敢えてそれには触れず、素直に答える。


「もう一つは、広報部長の宮本さんので。叔父さんの古くからの友達なんだ。宮本さんも自宅にシリアルが在るんだが、2台も家に置けないからって、ウチに置いてるんだよ」


 インベイド社日本支部広報部長・宮本哲也、そう、テッチャンである。


「さて、着いたぞ」


 エレベーターの壁面が大きく開くと、インベイド本社の使徒専用会議室と同様に、奥の壁面には200インチのモニタ、そして、部屋の中央にはジオラマが在った。


「先生、昨日の飛鳥との対戦、これで見ていいですか?」


「南城さん、忘れたの? サーバーが違うから観れないでしょ」


 だが、紗奈の指摘を刀真が否定する。


「いや、ジオラマはサーバーの切り替えも可能にしている」


「え! 観れるんですか!」


「観て楽しむだけの代物じゃないからな。研究にも用いたりしてるんだ。テストサーバーもそうだが、今後、サーバーが増えた場合も考慮してあるんだよ。ただな……観ても、つまらんぞ」


「え?」


 履歴を再生してみると、27秒で呆気なく飛鳥が墜とされていた。


「なるほど、飛鳥がノーカンって言う訳だ」


「ノーカン? あいつそんなこと言ってるのか……まぁ、別にノーカンでも良いけど」


「調整すれば、飛鳥は、もっとマシに闘えます?」


「ただ、調整したってだけだと、地球で負ける気はせんな」


「月なら、良いんですか?」


「あぁ、月なら効果は覿面てきめんだ。俺が負ける可能性もある」


「重力の違いですか?」


「それもあるが、それよりも問題なのは、あいつの闘い方だ。地球で殴れば、壊れるからな」


「あぁ、確かにそうですね」


「もし、闘い方を取ってGTRに乗り換えたとしても、俺にとっては良いまとになるだけだ」


「じゃ、ヨハンのように、GTRとGTFの合体なら?」


「確かに有りな手だが、それだとヨハンのオペレーターくらすを探す必要がある。それに、一人に拘ってるあいつが、そうするとは思えん」


 色々と考えてみたが、やはり、勝てそうな案は見つからない雅だった。


「今のままでは、あいつにとって有利なレギュレーション変更でもされない限り、負けることはないだろう。ただ……」


「ただ?」


「叔父さんが、どういう調整をしてくるかだ」


 そういうと、刀真は嬉しそうに笑う。


 あの人は、先生でも予想がつかない調整をしてくるってこと?

 やっぱり、嫌だけど、話してみる価値はありそうね。

 嫌だけど……。

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