第131話「雅の作戦」

 街が茜色あかねいろに染まる、虎塚邸からの帰り道。

 今後を不安に思う南城紬なんじょうつむぎが、前を歩く東儀雅とうぎみやびに声を掛けた。


「雅先輩、いいんですか?」


 雅は振り返り、笑顔でそれに答える。


「安心して、みんなには絶対行かないようにするから」


「いや、そうじゃなくて、先輩が……」


「大丈夫、アタシのことは気にしないで、上手くやってみせる」


 マリアが教えてくれた帯牙用の作戦『恋人を作る』もしくは、マリアのように『恋人が出来たフリをする』を考えてみたのだが、それだと他の部員にターゲットが移る恐れがあるし、また仮に『全員に恋人が居ます』と言っても、今後、部員が増えないとも限らない。

 そうなると、その都度『全員に恋人が居る』ということにしないといけなくなり、それでは余りにも信憑性しんぴょうせいに欠ける。

 それよりも、自分が人参にんじんとして帯牙の前にぶら下がっている方が、機材に限らず、知識や戦術など、色んな意味でプラスになるのではないかと考えた。

 この時、雅の強さへの想いが『スカルドラゴンに勝ちたい』だけだったなら、虎塚家へは来なかっただろう。

 しかし、雅はその先も見据えた上での決断だった。


 あとは、人参から騎手に変わる事が出来さえすれば……。


 不安はあるものの、雅にも勝算はあった。

 それは、ラルフからインベイド社の広告塔を依頼されていたこと。


 見た目で依頼されたんだから、どうせ『恋愛禁止』なんでしょ?

 依頼主の副社長なんだから、手を出しちゃダメよね?



 一方その頃、虎塚邸では、変態ロリコンオヤジが副社長のタイガーと知った飛鳥が、機体の調整よりも前に、対戦を申し込んでいた。

 帯牙にしても、飛鳥の現状を知る為にそれを受け入れ、筐体に装備された内線を開き、会話しながら対戦することとなった。

 ただし、勝敗を付けられない形で。


「いいかい、飛鳥ちゃん。対戦は、無敵状態で行うよ」


「え? どうして?」


「理由は、二つある。一つは、今、飛鳥ちゃんが得意としている攻撃パターンは、地球では通用しないからだ」


「あ、そっか、地球だと壊れちゃうんだ」


「そう、GTXシリーズは、そもそも殴ったり蹴ったり出来る機体じゃないから、殴れば壊れてしまうんだよ。一対一での勝負なら勝つ為にやっても良いんだけど、それが癖になっちゃうと、混戦状態でも使ってしまいかねないからね。でも、もし、飛鳥ちゃんがそっちの方が良いって言うなら、ルイスのような手足が武器の機体に調整するよ」


「う~ん? でも、それだと剣、使えないんでしょ?」


「確かに、最初から持って出るにはレギュレーションに引っ掛かる。調整の仕方によっては、剣を持ちつつ、こぶしも使えるようにすることは出来るけど、何かを削らないといけない」


「何かって?」


「装甲を更に薄くして、3発まで殴れるような限定モノにするとか、あとはルイスのGTX555のように、機体のサイズを小さくする必要が出てくる。しかも、ルイスの場合はね、拾った剣や銃の威力にも制限が掛かっているんだ」


「制限?」


「厳密には違うけど、解り易く言うなら、普通なら一発で墜とせる銃でも、三発当てないといけなくなるんだよ」


「ふぅーん」


「他にも、ランキング1位のヨハンなんかは、レーザーを分厚くしたり、射程距離や射撃力を上げる為に、他人の剣や銃でさえも、拾うことが出来ないように調整してるんだ」


「へぇ~、あいつ、そんなことしてたんだ。じゃあさ、装甲を薄くして、殴ったり蹴ったりも出来るようにして欲しいなぁ」


「正直言うとね、それには反対だ」


「なんで?」


「GTX1000の装甲は、ただでさえ薄いんだ。おそらく、刀真の調整が限界だと言っていい」


「えぇ~、あいつの真似するの?」


「いや、それでも殴れないんだよ」


「もっと、薄くできないの?」


「あれ以上に薄すれば殴れるようになるけど、たぶん、押されるだけで壊れたり、下手すると、地上に着地するだけで壊れてしまうような装甲になってしまう」


「ダメじゃん!」


「機体をGTRにすれば、殴る、蹴る、剣を使う、銃も撃てるんだが……」


「ダメ! 変形できないのは、カッコ悪いし、遅いからヤだ! なんか方法ないの?」


 飛鳥に諦めさせる為の話かと思われたのだが、帯牙は「そこでだ、調整の視点を変える」と言って、ニヤリと笑う。


「調整の視点?」


「まぁ、それはチョット時間が掛かりそうだから、まずは飛鳥ちゃんのベストな機体を仕上げることから始めようか」


「うん。あ、あともう一つって、なに?」


「あぁ、忘れてた。無敵にしないと、お兄さんがすぐやられちゃったら、データが取れないからだよ」


 筐体から漏れる声を聞き、刀真はホッとする。


 先日の会議で可決されたばかりの『32000人プロ化に合わせたレギュレーション変更案』を覆すとか言い出したら、殴ろうかと思ったが、調整の視点か……、

 レギュレーション内で、やれるってことだな?

 姉のことで、頭一杯かと思ったが、そこは流石だな。

 どう化けるか楽しみだ。


 その時、スマートフォンに雅からメッセージが入り、それを見た刀真は、部屋にあるオペレーター用のPCから内線を開くと、筐体内の両者に終了時刻を告げる。


「飛鳥、お前の親父さんが、7時に車で迎えに来るらしいから、対戦はそれまでだ」


「はーい」と、不機嫌そうに返事する飛鳥。


「えー! もう、お父さんに挨拶!?」


「なんの挨拶だよ。別に叔父さんは、出て来なくていいよ」


「そういう訳にはいかないだろ! 未来のお父さんなんだから! そうなると、お父さんに会う訳だから、キチッとしたい、飛鳥ちゃん、ゴメン、6時半までにして」


「えーッ! なんでよ! そんなのどうでもいいじゃん!」


「どうでも良くなんかない!」


「叔父さんは、そんな心配より、裸で娘に抱きつこうとしたんだから、殴られる覚悟でもしとけよ」


「それは恋人同士なんだから、ギリOKだろ?」


「恋人同士じゃねーから、完全にアウトだよ!」


「もう! もし、これで結婚できなかったら、どうしてくれるんだーッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る