第130話「未来のお兄さん」

 3台並んだ筐体の内、左の台から飛び出した飛鳥は、隣りの筐体に駆け寄り、扉を開けると怒鳴りだした。


「アンタ、なにズルしてんのよ!」


「はぁ? ズルなんてしてねーよ! 負けた言い訳してんじゃねーよ!」


「言い訳じゃないでしょ! 同じせんちゃんなのに、なんでアンタの方が速いのよ!」


「センちゃん? あぁ、イチマルのことか。調整してるからだよ」


 今、飛鳥と対戦した機体は、先日のエキシビジョンでの決勝とは違い、刀真にガッチガチに合わせた本来の機体だった。


「やっぱ、ズルしてんじゃん!」


「どこがズルなんだよ! 調整もゲームの内なんだよ! それをやらねー、お前が悪いんだよ!」


「はぁ? そんな話、聞いてないんですけど! アンタ、顧問でしょ! 教えなさいよ!」


「教わるの拒んでる癖に、なに言ってやがる!」


「勉強は、教わってるでしょーが!」


「普通の授業だけじゃねーか。それに、お前の姉の機体が調整されてんのは知ってんだろ!」


 もちろん、飛鳥は機体調整というシステムが在ることを初日から知っている。

 だが、面倒だったこと、そして、負けることが無かったことから、ずっと放置してきたのだ。

 ほんの少しの沈黙の後、分が悪くなった飛鳥は、話を摩り替える。


「全く、この前もさ、最後に速くなって、ホント、セコイ男ね!」


「はぁ? 最後にお前と同じ速度になっただけで、速くなっちゃいねーよ!」


 飛鳥も、刀真の機体が自分の機体より、スピードが遅いことには気づいていた。

 しかし、刀真がミサイル発射後も、その分アクセルを踏まなかったことから、最後に八極拳を放つ瞬間まで、飛鳥にMAXスピードを誤解させていたのである。


「セッコイ男ね、全力でぶつかってきなさいよ!」


「どこがセコイんだ。負けて悔しいだけだろ~」


「はぁ? じゃぁ、アタシの千ちゃん、調整しなさいよ!」


「なんで、俺がやるんだよ! テメェーでしろよ!」


「まぁまぁまぁ、二人とも、落ち着きなさい」


 そう言って、小太りの中年男が近づいて来た。


「飛鳥ちゃん、調整ならお兄さんがしてあげるよ」


「えぇ~、ヘンタイさんが?」


「へ、変態って……嫌だなぁ、飛鳥ちゃん、未来のお兄さんに向かって」


 『未来の』という言葉に、刀真が引っ掛かる。


「ちょっと待て! なんで紹介もしてねーのに、こいつの姉だと判った?」


 今日のところは、対戦したいという飛鳥だけ残し、その他の部員たちは帰していた。

 操っている機体を見れば、シリアルキラーの飛鳥であることは明らだ。

 しかし、飛鳥と雅は、姉妹と判るほど似てはおらず、更に叔父が気に入った娘が、雅でない可能性も踏まえると、その確率は4分の1どころではない。


「運命だからだろ?」


「そんな訳ねーだろ! さては……桃李のサーバー、ハッキングしたな?」


 雅のユーザー登録は、初日に筐体で網膜登録を行っていた為、アプリで配信されたスマホでの顔認証は行っておらず、その写真データは、インベイド社、及び、ゴーゴル社にも無い。

 では何故、その事を刀真が知っていたかというと、帯牙(ロリコンオヤジ)が写真を見ないように、あらかじめ、部員の顔写真データが在れば、消そうと考えたからだ。

 となれば、残されたのは当然、桃李成蹊女学院のサーバーということになる。


「まぁ、そんなことは、どうでもいいじゃないか」


「よくねーよ、犯罪じゃねーか!」


「バレればな」と言って、悪い表情を見せる。


「あぁ~、クソ! 叔父さんじゃなきゃ、警察に突き出してるとこだぞ!」


「フッ、安心しろ、ハッキングじゃない。お前のIDとパスを使ったから、正規ルートだ」


「なんだ、普通にログインしたのか……って、オィ! なんで知ってんだよ!」


「こんなこともあろうかとな」


「なんだよ、こんなこともあろうかって! ま、まさか、生徒のデータを手に入れる為に、俺を桃李に……」


「そんな訳ねーだろ」


「信じられねーな」


「もぅ! ちょっと! アタシの調整は?」


「あぁ、ごめんよ飛鳥ちゃん。お兄さんがキッチリ調整してあげるからね」


「えぇ~、ヘンタイさんが? 調整なんて出来るの?」


「飛鳥ちゃん、変態さんって呼ぶの、止めてもらえるかな?」


「だって、裸でお姉ちゃんに抱きつこうとしたじゃん」


「飛鳥ちゃん、それはね、恋人同士だから良いんだよ」


「恋人同士じゃねーから、変態って言われてんだろうが!」


「うっせーな、お前はイチイチ! 飛鳥ちゃん、安心して、ちゃんとお兄さんが調整してあげるから」


「ホントに、ちゃんと出来るのぉ?」


「その点に関しては、間違いないよ。この変態さんは」


「お前が、変態言うな!」


「ホントに?」と、まだ怪しむ眼差しを向ける飛鳥。


「お前、さては忘れてるな?」


「はぁ?」


 また、馬鹿にされてると思い、刀真にガンを飛ばす飛鳥。


「この変態さんが……」


「変態言うな!」


「副社長のタイガーだ」


「あぁぁぁぁぁぁ!!」

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