第129話「You Are My Destiny」

 ドタドタと駆け寄る音に振り返って見れば、桃李ゲーム部員たちがコチラに向かって走ってくる。


「な、なんだ、お前ら! か、帰れーッ!」


「ここまで来て、帰れはないでしょっと!」


 抵抗も空しく、刀真の腕を潜り抜けた南城紬なんじょうつむぎを皮切りに、次々と家の中へ。


「おっ邪魔しまーーーーーー!?」


 マンションの外観とは異なり、木の香る日本家屋の広い玄関の先で、桃李ゲーム部員たちが見たモノは、タオルを腰に一枚だけ巻いた、明らかに風呂上りらしき小太りな中年の男。

 5人がその光景に凍りついたのも束の間、その素っ裸の中年男が、まるで何かに取り憑かれたように、一心不乱にコチラへ駆け寄って来る!

 頬が、腹や胸の贅肉が、そして、タオルが激しく揺れ――。 


「きゃぁぁぁーーーッ!」


 タオルが落ちたのも気付かないほど必死な形相ぎょうそうで、下半身をゆっさゆっさと揺らしながら向かって来るさまは、まさに、絵に描いたような変態!


「落ち着け、叔父さん!」と叫んだ刀真を突き飛ばし、雅の前でひざまずくと、その手を取って顔を見上げる。


「やっと会えたね、マイスイートハニー」


 そう言って、手に口付けた。


「ぎゃぁぁぁ! へんたーーーい!!」


 渾身のビンタが、変態ロリコンオヤジの頬にヒットする!

 だが、それでも、ひるまない変態ロリコンオヤジは、大きく手を広げ、雅へ抱きつこうとしたその瞬間、北川紗奈のヤクザキックが顔面に突き刺さり、敢え無く撃沈した。

 今だとばかりに、刀真は全員を玄関の外へと押し出すと、壊れるかと思うほど激しく扉を閉め、雅に謝罪する。


「す、すまない、東儀。今のは忘れてくれ。この通りだ」


 これもインベイド社の為だと、深く頭を下げた。


「嫌です!」


「解る。今のは、どう見ても犯罪だ。だが、あれでも、インベイドには必要な人間なんだ!」


「だから、我慢しろと?」


「すまん、すまんとしか言いようが無い。だが、お前が訴えるというなら、不本意だが、こちらも不法侵入で訴えるしかない」


 言いたくはなかったが、訴えるという切り札を出すしか、刀真に抵抗するすべが無かった。

 だが、雅から返って来たのは、予想外の言葉だった。


「だったら、条件があります」


「条件? なんだ?」


「この家に在る、全ての機材の使用許可をください」


 最初は、ジオラマと言う予定だった。

 しかし、突入する直前にした会話「本社のようなモーションキャプチャーもあるかもよ」という紗奈の発言を受けての変更だった。


「ちょ、ちょっと雅、それだとまた……」


「いいのよ、紗奈。これも強くなる為だもの」


「だからって、セクハラを受け入れるの!」


「受け入れる訳ないでしょ!」


「でもだ、東儀。ウチに来れば、必然的に会うことになる!」


「止めてくれないんですか?」


「止めるよ、勿論、止めるが……」


「アタシは、訴えても良いんですよ。でも、世間に知られると、不味くないですか?」


 そう言って、雅は意地悪く微笑ほほえんだ。


 まさか、コイツ!


「東儀……最初から、これが狙いだったのか?」


「さぁ? なんのことでしょう?」


 それは数日前、まだアメリカ合宿中、雅がマリアに「ロリコンの副社長に気をつけろって、本当なんですか?」と尋ねた時だった。


 きっと、仲間内だけでイジって楽しんでいるネタのようなモノで、多少はロリコンであったとしても、そこまで大袈裟なモノではないと考えたのだが、マリアが出した答えは。


「いいえ、本当よ」


「ホントに? 身内ネタとかじゃなくて?」


「残念ながら、ネタでもなんでもないわ。知り合ったばかりの頃、数え切れないくらい抱きつかれたし、私も長いこと、タイガーが集中できないからって、会議に参加できなかったのよ。貴女もこの前、会議に出てみたいって言って、断られたでしょ?」


「え? それが原因で?」


「そうよ。残念ながらタイガーの思考は、ホント凄くて重要なの。でも、好みのタイプが居ると、ただの置物になるのよ」


「マリアさんは、いつから、大丈夫になったんです?」


「ラルフと付き合うようになってからね。実は、そもそも、ラルフと付き合ってるってのは、タイガーを真剣に考えさせる為の嘘だったんだけどね」


「いつの間にか、本当に?」


「そう、演技してる内に段々勘違いするようになって、本当になっちゃったって感じかな。だから、ミヤビもタイガーと会うなら、その前に恋人を作っちゃいなさい」


 そう言って、マリアは微笑んだ。



 ジオラマが副社長の家に在ると聞いてから、雅はそこで学ぶ必要性を感じていた。

 さらに副社長のタイガーは、サーベルタイガーの師匠でもあると聞き、その男からも、学べることがあるんじゃないかと思うようになっていた。


 もし、マリアさんの言うことが正しければ、嫌だけど、アタシに抱きつく筈。

 あとは、その弱みに付け込んで、虎塚と交渉する。


 とはいえ、想像以上の変態であったため、手に口付けされるまで頑張ったが、やはり耐え切れず、思わず手が出てしまったのだった。


「先生、お答えは?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る