第128話「探偵団」

 桃李成蹊とうりせいけい女学院の生徒へのサポートは整っている。

 高額な入学金であるから、当然といえば、当然なのだが、それを支払ってしまえば、高校一年から大学四年までの七年間、一切のお金が掛からない。

 授業料は勿論のこと、背が伸びたり、太ったりして制服や水着や下着を変える場合や、学習旅行費はおろか、医療費や食費でさえもだ。

 希望すれば、朝昼晩、好きなだけ食堂で食べられるし、パンや弁当を好きなだけ持ち帰っても良い。


「アンタ、食費で元を取り返そうとしてる?」


 な~んてジョークが、どの世代でも流行してしまう。


 また、寮も完備されているため、住む場所に困る事さえないので、この学院に『親の経済的な理由で転校』という選択肢は無いのだ。

 つまり、桃李成蹊とうりせいけい女学院は、学ぶ場所というよりも、七年間、しっかり育てると約束された場所なのである。


 勿論だが、授業においても、しっかりサポートしている。

 全教科の全ての授業が録画され、学院専用サーバーへアップされていることから、在籍している生徒であれば、24時間いつでもそれを見ることが出来る。

 そのことから、芸能活動をしながらも学べると、桃李を選ぶ芸能人も多かった。


 申請さえすれば病気でなくとも休むことが可能で、その理由を問われる事もなく、また、それにるペナルティも起こらない。

 だが、それはズル休みが簡単に出来るような甘い代物しろものではなく、身についているかいないかが重要で、一定の期間までに、身について無いと判断された生徒は、その時、はじめて『補習』というペナルティが課せられるのである。

 学校が指定する強制帰宅時間(午後7時)まで、休日関係なく、毎日補習となり、如何なスーパースターであったとしても免れることはできない。

 勿論だが、真面目に毎日通っている生徒であったとしても、付いていけてないと判断された場合、補習が待っている。

 義務教育では無いため、補習を受ける受けないは生徒の自由であるし、落第や退学も無いため、歳を取れば学年も上がるのだが、大学四年になって、ようやく卒業ができないという壁が生まれる。

 更には、入学時の契約上、自主退学もできない!

 放置すればするほど、七年目で重くし掛かり、留年すれば、再び、高額な授業料が発生する。

 その為、努力を怠った者たちは、転校という手段でしか、この学校から脱出することができないのであった。

 教師たちは、毎年、転校申請する生徒たちを見ては嘆いた。


「編入試験の勉強するくらいなら、ウチで補習受けりゃ良いのに」


 現実問題として、毎日通っても、他人ひとの3倍努力しても、付いて行けない生徒も居る。

 だが、生徒が逃げ出すことはあっても、教師が見放すことは決してなく、仮に決められた補習時間を休まず受けても卒業できなかった場合、それは学校側の責任として、留年の授業料は免除される。


 勿論、休まず受けていても、補習中に眠ったらイケナイ訳で……


「寝てんじゃねーッ!」


 刀真は、眼を瞑り、ウトウトと首を動かす、飛鳥の頭をはたいた。


「痛いな! 暴力教師!」


「お前だけ、休日補習にされたいのか?」


 帰りの機内中、せめて4時間だけでも取り戻そうと、各席に備え付けられたモニタに、各々の授業を映し出し、邪魔にならないようヘッドフォンを装着させ、勉強させることにしていたのだ。


 東儀、北川、南城は問題ないとして、コイツと安西は少し長めに見てやった方がいいな。


「解らなかったら聞け、遠慮するな。終わった者から、食事して、シャワー浴びて寝ろ。着いたら、学校に直行だからな!」


 余談ではあるが、教師においても、授業を前倒しで録画するか、もしくは旅行先などから授業を生放送する事で、休みを申請することが出来る。

 桃李は、一学科教師二人体勢であるものの、もう一人はあくまで付いていけない生徒のサポート役である為、一方が休む場合は、休む側が授業の録画を行うことになる。

 よって、桃李の辞書に『自習』の二文字は無い。

 今回のゴールデンウィークの延長も、刀真はアメリカに居ながら授業を録画していたので、刀真の休日は返上しなくても良いのだが、部員たちを休ませている手前、そのサポートに対して休日を返上しなくてはならないのである。


 美羽のサポートをしながら、いちいちゴネてくる飛鳥を捻じ伏せ、なんとか4時間分の授業を5時間半掛けて終え、流れ作業のように食事とシャワーを済ませ就寝した。

 今、眼を閉じたばかりかのような錯覚するほど、呆気なく日本に到着し、眠い目を擦りながら、送ってくれた機長に別れを告げた。

 当初は、荷物を持ったまま学校へ直接向かう予定だったが、運良く羽田の着陸許可が降りたため、各自、一旦帰宅し、荷物を置いた後、登校することとなった。



 いつもより長く感じた授業も終わり、職員室へ戻ると、入り口で東儀雅とうぎみやびが待っていた。


「どうした?」


「昨日の今日で、みんな疲れていますから、今日の部活は、お休みにしたいと思います」


「そうか、そうだな。あ、補習についてだが……」


「それについても、お昼にみんなで話し合いました。どの道、部活で土日来ますので、その内の二時間を使えば、夏休みまでには消化できるだろうと」


「なるほど、平日は補習せず、部活に集中するんだな」


「あぁ、でも、いつもの30分授業はやってください」


「それは、補習としてか?」


「いいえ、いつもの方で」


「となると、土日は2時間半になるのか?」


「そうですね、そうしてください。ただ、その場合、いつもの方は昼休憩後で」


「了解した」


 報告し終えると、雅は一礼し、職員室をあとにした。


 さて、今後、どうして行くべきか……

 当面は、東儀を育てなきゃいかんのだが、

 あ、そういえば、あいつ(飛鳥)と対戦するんだったな。

 ん? どこでだよ?

 ウチ?

 無い無い無い無い!

 インベイドの施設でも、借りるか? 空いてるかな?

 混戦の中、対戦しても良いんだが、それだと俺にがあり過ぎる。

 それとも、もう一台、部室に追加するか?

 いや、考えるのは、明日改めてしよう。


 顧問になってから、まだ2ヶ月も経ってないのだが、久しぶりに陽のある内に帰れることを懐かしく思いながら歩いていた。


 疲れてるから眠りたいところでもあるが、折角、早く帰れるんだ。

 ラルフからの解禁も出たことだし、ランクを上げるのも悪く……

 あいつ(飛鳥)が、乱入して来そうだな……

 まぁ、その時は、その時だな。


 刀真が住む虎塚帯牙の家は、マンション一棟を自宅にしているのだが、居住スペースは主に一階で、残りの階はというと、倉庫であり、実験室であり、研究室になっている。

 初めは、鈴木米子がプロデュースしたこともあって、一階はホテルのロビーのようになっていたのだが、帯牙が落ち着かないと内装を日本家屋に改造し、刀真の部屋も、一階の一室になっている。


「このマンションが……虎塚ん? 部屋は、何階なんだろ?」


 刀真に気づかれないように、小声で話す、5つの影。


「あれ! ちょっと見て!」


 紗奈さなが指したマンションの門には、虎塚帯牙と彫られたプレートが掲げられていた。 


「え! うっそ!」


「紬ちゃん! シー!」


 少し大きめの声を出したつむぎの口を美羽が塞ぐ。


「紗奈の予想が当たったわね」


「えぇ」


 雅の言った紗奈の予想、それは「虎塚は、副社長のタイガーと一緒に住んでいる」であった。

 ただでさえ巨大なシリアル機、そして、インベイド本社で見たような実験の数々を日本でもしているとするならば、別々に住むのは合理性に欠けると考えたからだ。


「家でテストしてるとか言ってたもんね。シリアルだって一つや二つのバージョンじゃないでしょうし、ひょっとすると、本社のようなモーションキャプチャーもあるかもよ」


 ちなみに、虎塚家にモーションキャプチャー施設は無い。


「そうね。そしてなにより、此処には、あのジオラマがある!」


 なぜ、桃李ゲーム部員たちが、コソコソと刀真のあとをつけているのかと言うと、それはアメリカから日本へ帰る機内の中で、紗奈がある質問した際に、刀真が嘘を吐いたからだ。


「先生の家って、実験のシリアル機以外に、何が在るんですか?」


「いや、他に何もないぞ」


 すでに、マリアから「タイガーの家にジオラマが在る」と聞いていた紗奈たちは、あえて「ジオラマが在ると聞いた」と言わず、黙って押し掛けることにしたのである。


 刀真が玄関に入るのを見て、雅が合図する。


「みんな、行くわよ!」

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