第132話「ノーカウント」
朝食を済ませ、学生鞄を抱え家を出ると、まだ10mも歩かない内に、雅は飛鳥に向かって手を出した。
「ちょっと、飛鳥のスマホ貸して」
「いいけど、なにするの?」
「ラルフさんに、電話するのよ」
そう言って、掛けようとする雅を飛鳥が慌てて止める。
「ちょっと、お姉ちゃん! 時差、知ってる?」
「え? 知ってるわよ。今なら、向こうは午後3時くらい……アンタ、もしかして、注意されたことあるんじゃないでしょうね?」
「え?」
「え、じゃないわよ、勘弁してよ……」
「だ、大丈夫だよ。アタシとラルさんの仲だから!」
そんな妹に呆れながらも、心の中では『まぁ、アタシもその仲に期待して、アンタの電話借りるんだけどね』と呟いた。
雅が飛鳥のスマートフォンを借りたのは、電話番号を交換していなかったこともあるのだが、平日の昼間、しかも相手は大企業の社長だ、番号を教えてもらうより、飛鳥の番号で掛けた方が出てくれるような気がしたからだ。
電話を掛ける理由は、勿論、今日こそ虎塚邸へ安全に入る為、そう、帯牙に釘を刺してもらう為だ。
3コールを待たずして出たラルフに、雅は自分の立てた作戦を簡潔に伝えると、ラルフはそれを
「了解した。すまんな、雅」
「ラルフさんが謝ることでは……」
「いや、もう家族みたいなモンだからな。あと、刀真は勿論だが、たまに家政婦としてやって来る米子さんにも頼れ。彼女の方が帯牙には効く筈だから、連絡は俺からしておく」
「ありがとうございます。それでは、その方向で宜しくお願いします」
「解った」
ラルフは、電話を切るとすぐに帯牙へと掛け直す。
まだ寝ているのか、8回目のコールで、ようやく
「どうした? こんな朝早く」
「東儀雅をインベイドの広告塔にすることに決めたから、間違っても手を出すなよ。恋愛禁止だからな!」
恋愛禁止の言葉で、一気に目が覚める。
「はぁ? 俺に内緒で、なに勝手なこと決めてんだよ! 俺の嫁だぞ!」
「オメーの嫁じゃねーだろーが! それに雅は、まだ17なんだぞ。犯罪者にでもなる気か?」
「
「引っ掛かるトコそこかよ! 日本でロリコンは、死刑になればいいのに!」
「罰が重過ぎる!」
午前の授業が終わると、雅は紗奈と合流し、食堂へと向かう。
桃李の在籍している学生および職員は、かなりの人数が居るため、食堂で待つことの無いようにシステム化されている。
全ての人間には、専用のタブレットが渡されていて、本来、学ぶ為に使用する物なのだが、食堂の予約なども、行えるようになっている。
これにより、食べたい物を先に申請しておけば並ぶことがなく、また、座る席も取り合うことのないよう場所の指定ができない仕組みになっていて、先に人数申請を行うことで固まって座ることもできる、映画館などで使われるシステムを採用している。
そして、その決められた席に行けば、既に食事が用意されているという訳だ。
もちろん、受付時間を過ぎての申請は出来ないし、時には、固まって席を取れないこともある。
雅と紗奈が席に着くと、遅れて
「あぁ、やっぱり、アタシも美羽みたいに、ハンバーグ定食にすれば良かったよぉ~」
「紬ちゃん、他人の芝は青く見えるものよ」
「飛鳥のは、全然、青く見えないんだけど」
そう言わしめたテーブルには、やきそばパン、コロッケパン、カレーパン、チーズバーガー、そして、コーンスープが置かれてあった。
暫くすると、その席の
「アンタさ……」
「なに?」
「アメリカから帰ってきて、太ったんじゃない?」
コロッケパンを
「睨むくせに、食べるのは止めないのね」
そんな嫌味にめげることなく、コロッケパンが徐々に、飛鳥の口の中へと消えて行く。
「そういえばさ、飛鳥。昨日、対戦するって言ってたけど、勝ったの? 負けたの?」
虎塚家にある筐体は、テストサーバーに接続されている為、対戦記録は一般ユーザーの履歴では見ることが出来ない。
なので、対戦したのかどうかさえ解らず、聞いてみたのだが、返って来たのは、やきそばパンを口一杯に頬張りながら、紬をギロリと
「あ、負けたのね」
負けたという単語に引っ掛かった飛鳥は、やきそばパンを喰い千切って、オレンジジュースで流し込むと、慌ててそれを否定する。
「違う! 違うの! あれはノーカン!」
「ノーカン? 勝ちでも負けでも、引き分けでもなく、ノーカン?」
「そう!」
それでは解らないだろうと、昨晩、詳しく話を聞いた雅が代わりに説明する。
「先生、調整した機体を使ったんだって」
「ね、ズルイでしょ? だから、ノーカンなの」
「え? そういうゲームじゃ……」
「美羽ちゃん!」
「ひぃぃぃ~」
「飛鳥、安西さんの言ってることは正しいわよ。それに、アンタも調整してもらうんでしょ?」
「そ、これで対等になるから、昨日のはノーカンなの」
刀真なら『最初は自分で調整するように』って言うと思ってた美羽は、疑問を口にする。
「先生に、調整してもらうの?」
「ううん、調整するのはヘンタイ……じゃなかったや、タイガーさんだよ」
「え? 大丈夫なの?」と、心配する紗奈。
「大丈夫だよ」と、平気な感じで答える飛鳥。
「え? どっちの意味で?」と、美羽が聞いて、全員が笑う。
「えっと、腕は大丈夫だし、すんごく解り易く教えてくれる。あと、ヘンタイにも成らなかったよ。ただね……」
「ただ?」
「しつこく、お兄さんって呼ばせようとするんだ」
それを聞いて、雅は頭を抱え、一気に不安になる。
大丈夫……かな?
「もし、また抱きつこうとしたら、アタシが蹴り入れるから!」
「さ、紗奈、その時は、お願いね」
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