第124話「馬鹿にしてんじゃないわよ」

 砂塵さじんを巻き上げ、迫り来る飛鳥の赤いGTX1000は、白い月面と黒い宇宙空間にえ、太陽よりも赤く見えた。

 一方の刀真が操る白いGTX1000は、月面の砂が保護色となって、目視では確認し難くなっている。

 しかし、飛鳥の瞳には、その相手が、いや、構えた銃の引き金に掛けた指まで、ハッキリと映っていた。

 今の自分なら、どの距離からでも避けられると思い込めるほど、いつも以上に集中していたのである。


「幾ら反射速度や、予測が早くとも、避けられない距離が在る」


「アンタにはね! アタシは避けてみせる!」


 飛鳥は、撃つ気配を見せない刀真を警戒しつつ、機体ではなく、左手に構える銃口を目掛け、突きに行く。

 これなら撃たれてもレーザーを弾きながら、その延長線上にある肩を貫けると考えたからだ。

 それに対して刀真も、右手に持ったバスタードソードで、突いて来たソードを払いに行くのだが、飛鳥は瞬時に反応して、左のソードで、それを薙ぎに行く。


「馬鹿が、こんな単純な手に引っ掛かってんじゃねーよ」


 刀真は、ソードを水平に倒すと、飛鳥が振って来たソードを自分のソードに這わせるように通過させ、過ぎたと同時にソードを切り返して、飛鳥のソードを強く押す。

 すると、飛鳥の機体は抵抗できないまま一回転し、再び、対峙したところで、目の前に飛んできた銃が頭部にヒットした。


「な、当たったろ?」


「ば、馬鹿にしてんじゃないわよーーーッ!」


 飛鳥が怒るのも当然の話で、回された際に自分の背を撃つことが、刀真には出来たからだ。

 怒りのおもむくまま、激しく降る雨のように両手のソードを一心不乱に振る。

 しかし、有効打を刀真に与えられず、受け流されたり、かわされたりを繰り返していた。


「どうだ? 6分の1の重力を体で覚えたか?」


「うるさーーーいッ!」


 飛鳥は、筐体を叩くように、刀真との回線を切断する。

 これが飛鳥が生まれて初めてやった、そして、最後となる『台パン』だった。


「なんてヤツだ! シリアルキラーと、まだそんな差があったとはな……」


 実況者のダニエルが、ルイスの漏らした言葉を拾う。


「ルイス、その差っていうのは?」


「サーベルタイガーが銃を投げずに撃っていれば、この勝負は終わっていた。なのに、アイツは投げる選択をしたんだ」


「舐めプ(相手を舐めたプレイ)ということですか?」


「いいや、違う。サーベルタイガーは、シリアルキラーが月の重力に慣れるのを待っているんだ」


「なんのために?」


「勝負を楽しむためだよ」


 ルイスの発言に、叫ぶダニエル、魚群のように過ぎ去るコメントたち。


 全く、恐ろしいヤツだ、俺のモノサシじゃ、計り知れないな。



 一方、インベイド最上階では、雅が対戦映像を観ながら、溜息をつくように、言葉を吐き出した。


「このに及んで、まだ育てる気なの?」


 そんな雅に対して、横に座るラグナは、刀真のフォローをする。


「きっと、刀真は今まで、本気になれる相手が現れなかったのさ」


「え?」


「そして、今、君の妹がようやく彼の前に現れたんだ。決して、舐めている訳じゃない。純粋に、この勝負を楽しんでいるんだよ」


 飛鳥は、アタシを認めてくれたようだった……

 先生は?

 先生は、どうなんだろ?

 アタシは、先生を楽しませることが出来るんだろうか?


「いつか、あの人に勝ちたい……」


 自然と口から出た想いに、ラグナは「その前に、僕やルイスが居るんだけどね」と、優しく微笑ほほえみ返した。


 ヤダ、カッコイイ……。


 その後、対戦終了まで、紗奈の瞳がジオラマを映すことはなかった。



 そろそろ、剣を振る速さや、受けた時の反動が身に付いた頃だな。

 残念ながら、今のお前は、脳内でシミュレートするのが苦手のようだ。

 だが、体験さえしてしまえば、その数値が一瞬で身に付くのは、末恐ろしいよ。

 まるで、AIのディープラーニングのようだ。

 しかも、その中から最速で最善の選択が出来ている。

 だが、その最善も、ネメシス流の一刀用だ。

 二刀でやるには、合理性に欠ける。


「二刀流を見せてやるか……終わるなよ」


 刀真は、腰に差していたもう一刀を抜き、ハの字に構えると、飛鳥が振った右のソードを左のソードで跳ね上げると同時に、右のソードで胸を突く。

 刀真の初めての打撃に驚いて、胸に掠ったものの、瞬時に地面を蹴って下がったことで致命傷は免れた。

 だが、刀真は飛鳥を休ませることなく攻め続け、攻守が逆転する。


「なに、急にやる気出してんのよーーーッ!」


 狂気のシリアルキラーと呼ばれた飛鳥でも、刀真の繰り出す、合理的な二刀流を前に、間合いを開き、詰め寄られれば下がるしかなく、また、攻めに転じることも許されないでいた。


 そして、後退の限界を迎える。

 暗くなったと感じたことで、飛鳥もようやく気づく、自分がクレーターの壁面まで、詰め寄られていたことに。

 慌てて、下がる方向を変えようとする飛鳥だったのだが、刀真がそれを許さない。


「させるかよ!」


 どうする?

 一気にブーストで下がって……ダメ、背後を見せた瞬間やられる!

 左右に振って……も、ダメ!

 上昇……も、ダメだ!


 色んな動作を頭に巡らせたが、脳内の計算機が弾き出した答えは、その余計な動き一つで自分が詰んでしまうことを飛鳥に教えていた。

 後ろにしか下がれない状況で、少しずつ飛鳥の機体は削られて行き、とうとう、クレーターの内壁まで着いてしまう。


「せめて、俺の真似すりゃ、ここまで追い詰められないものを。これで、終わりか?」


 止めを刺しに行ったソードは、容赦なく、飛鳥のコックピットを狙う。

 だが、この瞬間、飛鳥の動きが変わり、GTWの歴史に新たな1ページが刻まれる。

 それを見たラルフとローレンスは、驚きの余り、共に席から立ち上がる。


「あいつ……さ、サーベルタイガーに当てやがった……」


「え?」


 イマイチ状況が把握できないダニエルは首を傾げ、それを見兼ねたローレンスが解説を始める。


「サーベルタイガーは、未だかつて、墜ちたことも無ければ、被弾したことすら無いんだ!」


 それを聞いて、一気にテンションが上がったダニエルは、叫ばずにいられなかった。


「さ、サーベルタイガーの牙城、ついに崩れたぁぁぁーーーッ!」


 その横でルイスは、驚きのあまり硬直し、解説という役割を忘れてしまう。


 あいつ、いつの間に、詠春拳えいしゅんけんを……。



 かたくなに、刀真の真似を嫌った飛鳥は、寸でのところで、ルイスの動きを思い出し、実行に移したのだ。


「ここで、ルイスのJKD《ジークンドー》とはな」


 この時の刀真は未だ、ルイスから詠春拳とは聞かされておらず、截拳道ジークンドーだと勘違いしたままだった。

 そして、飛鳥の使った詠春拳は、両方のソードをルイスの両手に見立てて動かすという応用であったため、刀真は面を喰らい、ヒットを許してしまったのである。

 しかし、当たったとはいえ、貫かれた訳でも、右腕が動かなくなった訳でもなく、刀真も刀真で、剣先が当たった瞬間に体をひねり、ダメージを軽減させていたのであった。


「やれば出来るじゃねーか!」


 刀真に攻撃を当てられたショックは無く、むしろ、逆に喜んでいた。

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