第123話「月」

 地球の衛星、月。

 直径が3474kmと、その大きさは地球の4分の1程度で、地球との距離は、およそ38万4400km離れている。


 今回、インベイド社が行った『GTW宇宙計画』において、地球と月を同一仮想空間内に配置したのだが、その質量も、地球までの距離も、自転公転に至るまで、実際の月と何ら変わらない。

 今までゲーム(GTW)内において、月や太陽は空に映し出されていたが、それは2Dであって、3D化されたモノではなかった。


 現在は、シリアルキラー、サーベルタイガーの両名のみ、月へログインが許可されており、その他のプレイヤーが月に行くには、地球から直接ということになるのだが、例え、最速のGTMで向かったとしても、3日ほど掛かる。

 当初の計画では、その他のプレイヤーは強制的に観光フラグを立て、月で観戦させる予定だったのだが、何らかの不具合を起こさないとも限らないため、今回は見送ることとなった。


 刀真は、月面から自転する地球を眺め、昔を想い出していた。


「地上から、月の反対側は見れないんだ」


「え? でも、写真で見たことあるよ」


「あれは、宇宙で撮った写真だからさ。いいか、刀真。まず、両手を繋ぐだろ。そして、お前が地球だとして、俺が月だ。それじゃ、回るぞ」


 そう言って、帯牙叔父さんは、俺の両手を掴んだまま、俺の周りを一周した。


「どうだ? 俺の背中は見えたか?」


「ううん、見えない」


「これが地球と月の関係で、そして、この繋いだ手が、何だったかと言うと、引力というモノなんだよ」



 青く染まる海、所々で白く覆う雲、そして、発光する街の灯りは、NASAの映像よりも、地球らしく見えた。


「それにしても、実装に当たって、月だけでなく、地球の自転や重力まで、テコ入れするとはね。やっぱ、ラルフ・メイフィールドは天才だな」


 しかし、ここまで再現したにもかかわらず、あえて再現しなかったモノが二つある。


 一つは、スペースダストやスペースデブリ。

 いわゆる宇宙のちりや、人が出した宇宙のゴミは再現されてない。

 それは建物や地形など、様々な障害物への衝突があるこのゲームで、宇宙空間でそれをやってしまうと、秒速3kmで飛んでくると言われるデブリを避けられる者など、居る筈もないからだ。


 そして、もう一つは、真空。

 正確に言えば、月は真空ではなく、大気が存在している。

 しかしながら、それは大気と呼ぶには無きに等しいほど希薄で、実質、真空と言っても過言ではなかった。

 大気のある地球で計算されているGTMは、空気抵抗を考慮された上で移動しており、その抵抗が無くなれば、当然、トンでもない速度になってしまう。

 また、本来、真空では揚力を受けない為、飛行タイプのGTMでは、尾翼を操作して曲がることや、そもそも上昇することすら、出来なくなるのだ。

 つまり、再現するのは可能なのだが、そうなると、まともにプレイするには、月仕様のGTMが別で必要となってしまう。

 ここはマニアックな仕様に寄せるよりも、ロボットアニメのように、地上でも宇宙でも水中でも、同じ機体で戦える方が好まれるだろうと考えたラルフは、月でも空気の代替となる『何かしらの抵抗がある』と、仮定した仕様にしたのだった。


 とはいえ、今回、実験的に重力だけは、6分の1に設定されている。

 無論、プレイヤーからの意見も踏まえた上で『これでは楽しめない』と判断された場合、月での6分の1重力も却下され、地形のみの再現となる予定となっていた。


 仮に、42tのGTMの場合、7tになるのだが――。


 刀真は、出撃前、飛鳥のGTMを見て呆れ果てていた。


「調整も含めて、勝負なんだがな……やはり、アイツの機体はデフォルトのままか……仕方ない」


 いつも通りの動きをする為に、装甲を厚くしたり、重りなどを負荷することによって重量を増やし、月面でも地球と変わらず動けるように調整をしていた刀真であったのだが、何も触られていない飛鳥の機体を見て、自分も初期値に戻したのだった。


「やはり、この重量では、幾らなんでも速すぎる。この勝負、アクセルワークが鍵になりそうだ」



 二人の開始地点を見て、ダニエルフィッシャーが、ラルフに疑問を投げかける。


「少し、開始位置が遠くないですか?」


「あぁ、これは刀……サーベルタイガーの申し入れでな。両者共に月での戦闘が初めてになるから、慣れるために、最速で近づいても3分ほどの距離を開けて欲しいとね」


「なるほど。ところで、月を決勝の舞台にした理由を聞いてなかったので、教えてもらいたい」


「決勝を地球で行って、対戦終了後に月エリアの発表をしても良かったんだが、レベルの高い者同士が現状の仕様で、どう対戦するのか見てみたくなってね。つまり、俺自身も対戦を楽しみしている、1ファンなのさ」


 口ではこう言ったものの、ラルフの真意は違う。

 あくまで自分の中での仮説だが、刀真と飛鳥は『似て非なる能力』ではないかと考えた。

 刀真の絶対数感は『視覚から脳で計算され、導き出されたモノ』で、飛鳥のそれは『体感から脳へ伝わり、導き出されたモノ』ではないか、つまり、左脳的絶対数感と右脳的絶対数感なのではないかと。


 俺の見立てでは、まだ刀真の方が上だ。

 月での対戦は、刀真へのハンデになる筈だ。

 飛鳥に、図に乗られるのも嫌なんだがな……


 ゲーム好きのラルフは、純粋に対戦を楽しむために、あえて月を選んだのであった。


「行っけぇぇぇーーーッ!」


 飛鳥は、一直線に刀真を目指し、ブースターを加速させる。

 それを見て、ラルフが呆れ返る。


「馬鹿が、テストくらいしろよ! なんのために、開けた距離だと思ってんだ!」


「まさに、狂気のシリアルキラーらしい! さぁ、距離は残りあと僅か、待ち受けるサーベルタイガー、どう出る?」


 と言った次の瞬間、サーベルタイガーの取った行動に、実況者であるダニエルは言葉を失う。

 それは、サーベルタイガーが背中のホルダーから銃を抜き、シリアルキラーに照準を合わせたからだ。

 もちろん、銃禁止のルールは無い。

 だが、この対戦を観ている誰もが『剣でのガチ勝負』だと思っていたのだ、そう、対戦相手の飛鳥でさえも。

 飛鳥は怒りのあまり、刀真との回線をオープンにする。


「な、なに、銃持って来てんのよーッ!」


「は? 銃禁止なんて言われてねーぞ。他にも、ホーミングミサイルを6つ持ってきてる」


「男らしくないわねーッ!」


 今回の決勝戦ルールでは、通常のレギュレーションの枠組みを取っ払い、武器や防具を幾つ持っても良いことになっていた。


「男らしいってなんなんだ、ばーか!」


「馬鹿って言う方が、馬鹿ですぅー!」


「あーそーですかー」と言うと同時に、一発放った。


「なに、撃ってんのよーッ!」


「撃って、何が悪い?」と更に、もう一発。


「そんなヘボ射撃、当たりませーん!」


「なら、構わんな。遠慮なく行くぞ」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 幾つもの容赦無いレーザーが、飛鳥を狙う。

 それを器用に避けながら、3・4・5・6、と飛鳥は心の中で、弾をカウントしていった。


 撃ち切って、ホルスターへ戻す瞬間を狙う!

 12・13・14・15、あと1発!


 だろうな、お前の性格なら、残り1発となりゃ、突っ込んで来るよな!


「避けてみせる!」


「外しゃしねーよ!」

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