第121話「Close-Up Magic」

 シリアルキラー対ネメシス戦から1時間20分後、サーベルタイガーが一般サーバーへログインしたことで、GTW界だけでなく、様々なニュースサイトや掲示板で、騒がれ始めた。

 もちろん、サーベルタイガーにログインアラートをセットしていた、ネメシスのオペレーター用PCにも、知らせのベルが鳴る!


「今度は、サーベルタイガーだと!?」


 筐体に乗り込もうとする兄をオペレーターが止める。


「兄さん、ダメだ!」


「なぜだ、なぜ止める? 俺が負けるとでも、思っているのか?」


「違うよ、どう考えても罠だ」


「罠? また、ヨハンにということか?」


「もしもだ、兄さんの価値を下げて、イベントを盛り上げようと考えていたとすれば、さっきのアレはヨハンとシリアルキラーが組んでいたとも考えられる……」


「なんだと?」


 全く、プライドが高過ぎるんだよ、兄さんは……。

 僕の計算では、GTX1000を細かく調整しているサーベルタイガーの方が、シリアルキラーより速い筈だ。

 となると、サーベルタイガーがシリアルキラーと同じ作戦なら、無影剣の出番さえなく、狩られるのは兄さんの方だ。


「安心しろ、ヨハンは未だフランスに居る。そして、サーベルタイガーは東京だ。問題無い」


 チッ! せめて、ログアウトしとけよ!

 やはり、サーベルタイガーの制限時間は、15分か……

 こちらの遅れを見越しても、5分以内に狩れる自信があると見ていい。

 仕方ない、早めに無影剣で仕留めるか。


「解ったよ、兄さん。だけど、用心に越したことは無い、早い段階で無影剣を使うよ」


「いいだろう。全く、お前という奴は、心配性だな」



 一方、サンフランシスコのベイエリア、シリコンバレーのインベイド本社では、ラルフが歯を喰いしばるようにモニタを眺めていた。


 ――刀真、本当にやれんだろうな。


「もぅ! アタシで良かったのに!」


「うるせー、万が一にも、負けることは許されねーんだよ!」


「はぁ? アタシだったら、負けるっていうの!」


「いてぇー! ケツを蹴るな! 明日、お前がアイツを倒せば良いだろ-が!」


 時は少し遡って、ラルフが出撃許可を出す、1時間20分前へ。

 最上階の使徒専用会議室へと向かった一行は、200インチのモニタを使い、ルイスが無影剣を初めて受けたシーンを映し出した。

 それを見て、飛鳥が首を傾げる。


「あれ?」


「どうした、何か気づいたのなら、言ってみろ」


「剣の位置がズレてる」


 その一言を聞いて、刀真は頷き、ルイスは呆れ返った。


「なんで1回で、解るんだよ!」


 なんのことかサッパリ解らない雅は、刀真に解説を求めた。


「どういう事なんです?」


「ネメシスは、クロースアップマジックをやってるのさ」


「え? あの目の前でやる手品の?」


「そうだ。ネメシスは、鞘を使ってパームしてるのさ」


「パーム?」


「コインマジックで、手の中にコインを隠し持つアレだ」


「え? でも、それで、どうやって剣を消すんです?」


「剣が鞘に納まった状態で、腕を振っても、剣を振ったとは思わないだろ?」


「はい。でも、それって、剣を振ってませんよね?」


「もちろん、それだけじゃ、斬れない」


「そこからは、俺が詳しく解説しよう」


 そう言うと、ルイスはモニタにネメシスの武器である日本刀を映し出した。


「これはネメシスの刀で、本物の日本刀のように分解が出来る仕組みになっている」


 へぇ~と、一斉に感心の声を漏らす、桃李ゲーム部員たち。


「一見、武器メンテナンスの無いこのゲームで、この仕様は『ただのオタクのこだわり』にしか見えない。だが、これが無影剣というマジックのタネになっている。しかも念入りに、無影剣がやり易いような改良は加えず、技でそれを補っている。コイツを考えたヤツは、かなり用心深くて、恐ろしく頭がキレる」


「え? 考えたのは、ネメシスじゃないんですか?」


「恐らく、違うだろうな」


「流石だな、刀真。ということは、全て気づいてるということか?」


「あぁ、無影剣を使ってるのは、ネメシスじゃない」


「え?」


「そうだ、オペレーターが振ってるんだ」


「ちょ、ちょっと待って! オペレーターが振ってるって、腕はネメシスの二本しか……」


「ネメシスの機体はGTRで、オペレーターのGTFが背に張り付き、ブースターとなって飛ばしている」


「ヨハンと同じ?」


「そうだ。だから、オペレーターのGTMにも腕は無い」


「え? じゃ、どうやって?」


「君は確か、ヨハンのオペレーターに掴まれたよね?」


「あ!」


「ドライバーの背に引っ掛けるワイヤーの1つを、刀の目釘穴めくぎあなに通して振ってる……いや、巻き戻しているというべきかな?」


「でも、それだけで、見えないと感じるものなんですか?」


「ネメシスの剣を振る速度は、世界一位と言っていい。そんなヤツがだ、剣を振るのと同じように右手を振れば、当然、そっちに眼が行く。そして、その先に剣が無ければ、フェイントだと思う筈だ。しかし、その時には遅れて来た刀が、相手を斬った後だ。ワイヤーは透明で肉眼で見えず、長さも柄より少し長い程度だから、データ上でも判り辛い」


「どうして、ルイスさんは判ったんです?」


「ネメシスが、GTRに有るまじき行為をしていたんだ」


「有るまじき行為?」


「あぁ、装甲を極限まで削って、移動速度や、腕を振る速度を上げていたんだ」


「今のって、可笑しいことなんですか?」と、ルイスに聞けない安西美羽あんざいみうが、横に立つ北川紗奈きたがわさなに、小声で問い掛けた。


「セオリーからは、外れるわね。そんなことするくらいなら、GTXに乗ればいいのよ」


「その通りだ、紗奈さな。美羽、俺に直接、聞いていいんだぞ」


 そう言って、ルイスは笑い、美羽は頬を赤らめた。


「俺は無影剣を調べていく内に、無影剣という必殺技の名や、剣聖という二つ名でさえも、そいつが仕掛けた罠じゃないかと思っている」


「え? どういうこと? 自分で言い触らしたってこと?」


「その通りだよ、つむぎ


「え! 自分で剣聖って言っちゃうなんて、恥ずかしくないの?」


「印象操作ってヤツだよ。剣聖と呼ばれてるヤツが、マジシャンだとは誰も思わないだろ? 事実、ヤツは剣聖と呼ばれても可笑しくないほどの剣の達人だしな」


 実は、今後も語られることの無い理由が、もう一つある。

 名声を博することで、練習を嫌う兄に、負けられない想いを高めさせ、自ら努力するように導いていたのである。



 放たれた無影剣をサーベルタイガーは、紙一重でかわす。


「避けた? 有り得ん! 偶然だ! 偶然に決まっている! もう一度やるぞ!」


 だが、次に放たれた無影剣は、ネメシスも、そのオペレーターでさえも、想像し得ない破られ方をする。

 肉眼で捉えられる筈のない透明なワイヤーが切断され、刀身が地を転がる。


「魔法が解けたな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る