第118話「価値と対価」

「ありがとう、ヨハン。助かったよ」


 そう言って、ラルフは電話を切り、それをズボンの後ろポケットに入れると、飛鳥の首根っこを掴んで、筐体から引きり降ろした。


 ――ネメシスにやられるくらいなら、ヨハンにやらせる。


 何度も負けているヨハンなら、シリアルキラーが墜とされたとしても、イベントへの影響は少ないと考えたからだ。

 もちろん、無料ただでヨハンは動かない。

 十分過ぎる成功報酬が、ENで支払われてのことだった。


「もうちょっとするーッ!」


「うるせー! ここではダメだ! 上のテスト機でやれ!」


「だって、ルイさん、もうデキナイって言ってるもん!」


「すでに、代わりは用意してある!」


「へ?」


「4位のラグナだ、文句ねーだろ!」


 すると、途端に大人しくなり、えりを掴むラルフの手を振りほどいた。


「そう言う事は、早く言いなさいよ。全くもぅ~、失礼しちゃうわ! レディーをなんだと思ってるの!」


「それはそれは、悪ぅ~ご・ざ・い・ま・し・た!」


 それじゃぁと、歩き出したところで、飛鳥がラルフの袖を引っ張り、再び、足を止める。


「なんだ?」


「ありがとう、ヨハンって、なに?」


「え! そ、そんなこと、言ったかなぁ~?」


「アタシ、ヨハンに墜とされたんですけど!」


「い、いや、なんの事だか、サッパリ?」


 下から突き上げるようなガンを飛ばしてくる少女の気を逸らせるため、ラルフは取って付けたような嘘を吐き、走り出した。


「ラ、ラグナのヤツ、時間がねーから急がねーと、対戦できねーぞ!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」



 さて、読者の方の中には、疑問に感じた方も居らっしゃるのではないだろうか?

 5階のシリアル機でも、個別の対戦は可能だった筈だと。

 そう、先日行われた雅の特訓は、この階だった。

 飛鳥が15階に向かわなければならない理由、それは対戦相手のラグナの方に、問題があった。

 しかし、それはラグナがルイスと同様の専用筐体ということではなく、その職業――。


「もうケツを蹴るな! しつけーぞ!」


「うるさい! 裏切り者! ヨハンに、アタシを売るなんて!」


「そういえば、お前、ヨハンは省略しねーんだな」


「うるさい!」


「あぁ、だから、もう、ケツを蹴るな!」


 エレベーターのドアが開き、ようやくケツ蹴りの刑から解放されると、今度は、目の前に入り口を塞ぐほどの人集ひとだかりが出来ており、あちらこちらでスマートフォンで撮影する者や、悲鳴をあげる女子社員の姿があった。


「またか……いい加減、慣れろよ……おい、お前ら! SNSとかにアップしたら破産するくらいの借金背負うこと忘れんなよ!」


 ラグナの正体、それは年間3億ドルも稼ぐ、ハリウッドの大スター。

 であるにもかかわらず、ランキング4位であるのは、働いている日数が圧倒的に少ない、つまり、ギャラが恐ろしく高いのである。

 本人にとってしてみれば、3年に1本でも映画を撮れば、十分なほど贅沢に生活できる。

 最初は、ゲーム時間を確保する為、こちらが断らなくても、向こうが言ってこないようギャラを上げていったのだが、それでも使いたいと申し出が殺到し、更にギャラを上げるを繰り返し、現在に至った。


 この階にした理由とは、5階だとプロになっている社員の家族も利用する為、ラグナが何者か拡散される可能性があったからだ。


 さて、使徒でもある筈のラグナが、何故、正体を隠さないとイケナイのか?

 それだけの大スターで、ゲームが上手いとなれば、これ以上の客寄せパンダは居ないのにである。

 ラグナがパンダになることに反対したのは、インベイド計画の金融を任せられているアレンと、インベイド副社長の帯牙たいがだった。


「お前のギャラは、高過ぎる!」


「アレン、ノーギャラでも、僕は構わんのだが?」


 その言葉に、帯牙がキレた。


「ラグナ、俺に無料ただでゲームを作ってくれと言えるか?」


「ちょっと待ってくれよ。名前や顔を出すだけなんだ。僕だって使徒なんだぞ! 役に立ちたいと思っても、当然だろ?」


「お前は、自分の価値を解っていない! そんなことをすれば、お前の価値が下がる!」


「アレン……そんな事くらいで、下がりゃしないよ」


「賭けてもいい、20分の1まで下落する」


「アレンが、そう言うならそうだろうな」


「ローレンス、君まで……」


「ラグナ、俺はなにもお前を使わないと言ってる訳じゃないんだ。俺たちが、お前の価値に見合う対価が支払えるようになるまで、待ってくれと言ってるんだ」


「解ったよ、タイガー。そうなるよう、急いでくれよ」


 認めてくれる嬉しさもある反面、役に立てない悲しさもあった。



「いい加減、道を開けろ!」


 社長に怒鳴られ、慌てて開かれた道の先には、スラリと背の高い銀髪の白人男性が立っており、紗奈さなが嬉しそうに握手を交わしているのが見える。


「飛鳥、あいつがラグナだ」


 驚かせるつもりで、そう言ったのだが、飛鳥には通じてないようで、


「ねぇ、あいつ、そんなに強いの?」


 この時、飛鳥は「みんなが憧れるくらい、強いプレイヤーなんだ」と、誤解をしていたのである。


「え? まさか、お前、知らねーの?」


「なにが?」


「マジか! ほら、来たぞ、挨拶するんだ」と、飛鳥の背中を押したのだが、ラルフの後ろへと隠れる。


「またか、お前!」


「いいんだ、ラルフ。俺は、慣れてる」


「いや、違うみたいだぞ」


「え?」


「お前、こいつの名前、言えるか?」


「ラグさんでしょ?」


「おいおい、回線が遅いみたいな言い方はよしてくれよ」


「本当に、知らねーのか?」


「はぁ?」


 質問の意図が解らず、若干キレ気味にラルフにガンを飛ばす飛鳥。

 それを見て、慌てて走り寄った雅が、飛鳥の頭を掴んで謝罪する。


「すみません、本当に、この子、知らないんです」


「なにがよー、知ってるわよ! ラグさんなんでしょ!」


「あのね、この人はね……」


「いいんだ、雅。僕はラグナだ。それ以上でも、それ以下でもない。よろしくな、シリアルキラー」


 飛鳥は、不満な顔を見せながらも、その差し出された手を握った。

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