第116話「剣聖ネメシス」

「どういう訳だ? 今日は、やけにランカーが寄って来る……」


 普段は、ログインすると共に逃げられることの方が多く、中には、ログアウトする者さえいる。

 敢えてそのエリアに残っているとすれば、ネメシスの強さを知らない初心者か、知って戦いを挑んでくるキングやクイーン(32位以内のランカー)くらいなものだった。

 なのに今は、56位のプレイヤーを皮切かわきりに、次から次へとランカーが襲い掛かってきていた。

 しかも、いつもなら真っ先に逃げるような400位前後のランカーたちが、付かず離れずを繰り返し、決して深く入って来ず、統率された連携を見せていた。


「なんだコイツら?」


 その疑問に、素早く対応したオペレーターが、レーダーに映った数名のDID(ドライバー認識番号)から、何者かを見つけ出し、冷静にドライバーへと伝える。


「判ったよ、兄さん。コイツら、タイガーチームだ」


「タイガーチーム?」


「インベイド副社長タイガー直属のチームで、本来なら100位を切らない、実力者揃いらしいよ」


「ほぉ、面白い。シリアルキラーとやる前に、準備運動でもしておくか」



 ネメシスがログインした場所は、エッフェル塔の南へ1kmほどの市街地。

 その時、フランスにログインしていたタイガーチームは12名で、それぞれが単独でゲームを楽しんでいたのだが、インベイド社からの依頼を受け『ネメシス討伐』へと向かうことになった。

 幸いだったのは、無関係であるスカルドラゴンが集まるまでの時間を稼いでくれ、ある程度の作戦も立てられた。


「いいか? チャンスだとしても、無理にネメシスへ近づくなよ。墜とさなくても構わない、このまま削って耐久値が65%を切れば、ヤツもシリアルキラーとやろうとは思わん筈だ」


「悠長に構えて大丈夫か、てっちゃん。まだ、99%だぜ。その前に、シリアルキラーがコッチ来るんじゃねぇの?」


「もぅ! 少佐って呼べよぉ~」


「旦那といい、哲ちゃんといい……」


「しょ~うぉ~さ!」


「はいはい、少佐、少佐」


 タイガーチームのサブリーダー兼、第弐班長であるハンドルネーム哲ちゃん。

 帯牙たいがとは、小学校からの旧友で、タイガー不在の際、この哲ちゃんがチームの司令塔になっている。

 少佐という階級は、帯牙の大佐と同様、ただの渾名の延長で、特に意味など無い。


「哲ちゃんはさー、癖で哲ちゃんって呼んじゃうから、焼肉のメニューにしようか」


「えぇ~、俺、まんまなの?」


 タイガーチームで、コードネームが焼肉メニューになったのも、この哲ちゃんが居たからであった。



「兄さん、此処では時間が掛かる。場所を変えよう」


 建物が密集している場所を不利だと考えたネメシスのオペレーターは、デュプレックス通りを北東に進むよう指示した。


「ほ~らな、マルス(シャン・ド・マルス公園)に行くと思ったよ。ジャンカリ(ジャン・カリ通り)で、挟み撃ちにするぞ! ギアラ班はネメシスを飛ばせないように、弾の雨を降らせてくれ!」


 だが、ネメシスはその予想に反して、デュプレックス通りに建つオーシャンスーパーマーケットを切り裂いて突き抜け、中庭に入ると、更に北にある建物も切り裂いて突き抜ける。

 慌ててその後を追ったタイガーチームの3機が、プレル通りで待ち構えていたネメシスに斬られ、墜とされてしまう。


 ――哲ちゃん、道だけをルートとして見てると、痛い目に合うぞ。


「クソがぁぁぁーッ! 帯牙たいがのヤツに言われてたのに……」


「テッチャン! ヤツがフェデラシオンに入るぞ!」


 ネメシスは、プレル通りを北北東に登ると、フェデラシオン通りを全速力で西へ進む。


「ん? どうして、スフレンヌまで抜けない? ドゼから、マルスか?」


 どちらにしても、マルスまで抜けられてしまうと、射撃によるダメージが期待できなくなる。


 ネメシスが剣一本で3位まで登り詰めたのは伊達ではない、広範囲での戦場で彼が射撃で墜ちたことは、ほぼ皆無と言っていい。

 そう、ヨハンを除いては。


 どうする?

 お前なら、どうするよ、帯牙?


 だが、予想に反して、ネメシスはドゼ通りを北上せず、フェデラシオン通りを更に西へと進む。


「しまったーッ! ヤツの狙いは、先に居るシリアルキラーだ! 追え! 墜とされても構わん! 全速力で追うんだ!」


 タイガーチームが全速力で追ってきたのを知って、ネメシスのオペレーターは厭らしく笑い、ドライバーへ告げる。


「クククッ、兄さん、掛かったよ」


 オペレーターの合図でネメシスは機体を180度転回させると、今度はフェデラシオン通りを全開で逆走する。

 一直線に並ばせられたタイガーチームは判断が遅れ、擦れ違う度に、一機、また一機と、墜とされて行く。


「組めば、俺に勝てるとでも思ったかーッ!」


 最後の一機となったその時、オペレーターが叫んだ。


「に、兄さん! シリアルキラーが来る! 速い! 斬りながら反転して!」


 ネメシスは言われるがままに、剣を横に振ってタイガーチーム最後となった機体の胴を斬り裂くと、そのまま後方から襲い掛かって来たシリアルキラーの剣を受け止めた。


「随分と待たせたようだな! シリアルキラァァァーッ!」


 シリアルキラーは、止められたことに臆することなく、更に、もう一本のバスタードソードを振る。

 だが、ネメシスはそれが振り切られる前に、胴を蹴ってその射程から逃れた。

 一旦、距離が離れたにも関わらず、シリアルキラーは間合いを取るようなことはせず、再び詰め寄って、両手に持ったバスタードソードを激しく振ってくる。


「速いだけで、剣の振り方も知らんようだな!」


 ネメシスは、シリアルキラーが振って来た左の指を狙って斬り上げる。

 つばは上にしか無いため、下から斬られれば、それを受け止めることは出来ない。

 このまま、指を斬られ、剣を落とすかに思われたのだが――。


「なに!?」


 シリアルキラーは、柄の根元であるかしらで受け弾きながら、更に右のバスタードソードで、ネメシスの胴を薙ぎに行く。


「させるかーッ!」


 ネメシスは、鞘でその攻撃を受け止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る