第115話「ディープラーニング」

 此処は、インベイド社のデータ解析室。


 ――データは、嘘を吐かない。


 それを合言葉に、ありとあらゆるプレイヤーのデータを収集し、解析している。

 GTMは何を選んでいるか、どんな武器を使っているかなど、プレイに関わる情報から、飛行距離や歩いた歩数など、一見必要の無いデータまで収集を行っている。

 人による解析も行っているが、AIにもデータを与え、行動予測や行動心理などを学習させていた。

 それは勿論、いつか還元されるであろう、新しいコンテンツや、新しいゲームの為に。


 そんなデスクワークだけのこの部署が、騒がしくなることは滅多に起こらない。

 聞こえてくる音といえば、キーボードを叩く音と、軽い雑談くらいだ。

 そんなデータ解析室が騒がしくなったのは、この半年で数回で、その殆どが、たった一人の或るプレイヤーによるものだった。

 そして、今再び、その或るプレイヤーが、この部屋をあわただしくさせる。


「えッ! シリアルキラー! 一般サーバーへ、ログインします!」


「なに!? イベント中は、一般にログインしないんじゃなかったのか?」


 最強決定戦というべきイベントの最中に、ルイス、飛鳥、刀真の三名が、他の者にやられる訳にはいかない。

 たとえ偶然であったとしても、墜とされようものなら「自分こそが最強だ」と言われかねないし、そんなことになれば、明日の決勝が台無しなってしまうからだ。

 とはいえ、特にそういう通達が在った訳ではないのだが、データ解析班だけでなく、インベイドの社員なら誰しも、常識としてそう考えていた。


「しゃ、社長に連絡を!」


 冷静を失っているのか、主任のジョージ・メイブリックは、自分のするべき行動を口に出し、ズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出すと、アドレスからラルフの写真を指で触り、コールした。

 コールは、たった3回であったものの、ジョージにとっては非常に長く感じ、空調が効いているにも関わらず、ひたいから一つ、汗が流れた。


「なんだ、ジョー」


「社長! シリアルキラーが、一般へログインしてますが、よろしいのですか?」


「はぁ? あぁ……そういやー、言ってなかったなぁ……ログイン先の、最上位ランカーは何位だ?」


 ジョージは、聞いたままをニコル・パーカーへと伝える。


「ニッキー! ログイン先の、最上位ランカーは何位だ?」


「56位のスカルドラゴンが居ます!」


「ご、56位のスカルドラゴンだそうです」


「スカルドラゴン? どこかで聞いたような……」


 ――強さわねー、微妙かなー?


「あぁ、思い出した。アイツが微妙って言ってたヤツだ。まぁ、大丈夫だろう。俺が行って、一回で終わらせるようにするから、お前らは……」


 心配するなと一言付け加えようとした、その時、向こうから悲鳴のように叫ぶ、ニコルの声が聞こえた。


「ネメシスがログインしてきます!」


「な! なんだとーッ! そのエリアに、タイガーの手下は居るか? 居たら、ネメシスを近づけさせないように伝えろ!」


 急に、焦りだしたラルフを見て、傍に居た刀真が声を書ける。


「どうした?」


「3位のネメシスが、飛鳥を狙ってる!」


「俺が出ようか?」


「ダメだ! お前まで、やられる訳にはいかない!」


「そんなに強いのか?」


「あぁ、ヤツは強い。そして、ヤツの必殺技は、誰にも避けられない。ルイスでさえもな」


「へぇ~、どんな必殺技なんだ?」


「剣が見えない。それどころか、振った姿さえも、見えないんだそうだ」


「そうだ? 引っ掛かる物言いだな」


「データ解析では、振ってるし、剣もそこに在るんだよ!」


「は? 暗器か?」


「いや、ヤツの所持は、隠すことのできない、剣一本だ」


「へぇ~」


 ラルフは、少しニヤけた刀真を指差し、


「全く、人の気も知らないで、嬉しそうな顔しやがって! いずれやるのは構わないし、止めもしない、なんなら負けてもらっても結構! だがな、今はイベント中だ! あぁ、こんなことなら、強制ログアウトを実装しておくんだった!」



 周りの大人たちを騒がしてることを知らない、いや、知っていてもゲームを止める事はないであろう少女が、戦場で鬼と化していた。


「全くもぅ、ズルイんだから! こんな便利なのあるなら、サッサと教えなさいよねー。顧問でしょーが!」


 そもそも、教わる気などサラサラ無かった筈の部員は、体軸で判断することに慣れ始めていた。

 最初、疲れ苦しんでいたのは、相手がルイスであった為に、動きが速過ぎて見辛かったという点と、いつものように、相手の全体の動きを見た上で、さらに体軸までも見ていたからであった。

 肩や肘、手首などの動きを全て見て『剣を振ってくる』と判断していたモノから、軸から伸びた線の角度で『剣を振ってくる』と判断できるようになり、かなり楽になっていた。


「この時は、撃ってくる? 正解!」


 飛鳥は、相手の攻撃を待つことによって、行動パターンを幾つも吸収していく。

 だが、やはり、待ってるのは性格的に合わなくなり、


「あぁ、もぅ! 攻撃してくるの、遅いぃぃぃ~ッ!」


 相手が攻撃する前に、バッタバッタと斬り刻み始めた。

 しかし、それはそれで学習になっていて、


「あ、そうすると、そう逃げるのね」


 格下が相手なだけあって、どんどん刀真の提唱した技を身に付けていく。

 だが、慣れてくると物足りなくなり、レーダーで強者を探し始めた時、赤い点滅(ランカー)を見つける。


「もっと強い人、居ないかな? あ! あんなトコに居るじゃん!」

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