第113話「その先にあるもの」

「あのさー、ルイさん」


「なんだ?」


「たいじくの~、移動速度って、何?」


 ルイスは、その言葉に呆れ返った。


「お、お前、刀真の話、理解してなかったのかよ!っていうか『出来ますぅー』って、なんなんだよ!」


「イチイチ細かいこと、気にしてんじゃないわよ! 器の小さい男ねー」


「う、うつわ!? なんで、俺が悪いみたいになってんだよ!」


「そんなこと、どーでもいいから!」


 妹が居たら、こんな感じなんだろうか?

 いやいや、俺に妹が居たなら、もっとデキが良い筈だ!

 そういえば、こういうデキの悪い妹に、苦悩するアニメってあったなぁ……。


「なに、ボケーッとしてんのよ! とっとと教えなさいよ!」


「イテ! テメェー、これからワールドカップ控えてる選手のケツ蹴るか、普通?」


「うっさいわね、グズグズしてると、今度は足蹴るよ!」


 ルイスは「ハァー」と大きく溜息を吐いた後、仕方なくデキの悪い妹に解説を始める。


「アイツの言う体軸ってのは、体の中心線、いや、もしかしたら、線ではなく、点かもしれん」


 そう言って、鳩尾辺りを親指で指し、話しを続ける。


「ほとんどの拳法がそうなんだが、特に八極拳は、渾身の一撃を放つ際――」


 大きな踏み込み音と共に、右拳を前に突き出した。


「体全体を使って撃つ。お前は、その動作の一つである、俺の踏み込む足を見てただろ?」


「うん」


「だが、刀真は俺の体の方を見てたのさ。本当に撃ち込むつもりで足は踏み込んでいても、実際には手を出さないから、技としてのバランスは崩れ、軸の移動は異なる……とはいえ、正直、微々たる差だ。指摘されたところで、直しようがない」


「でも、それって判断するの、アタシより遅くない?」


「違う違う、見てるのは撃つ瞬間じゃない。足を下ろす前だ。おそらく、技の出し際で違うとバレてんだよ」


「え?」


「解り易く、極端にやるぞ、いいか? アイツにとって撃たない方は、こう見えてるんだ」


 そう言って、ルイスはその場で足を上げ、力いっぱい踏み下ろした。


「お前でも、ここまですりゃ違いが判るだろ?」


「うっそ!」


「そうで無ければ、あの距離で、あれを避けられるもんか!」


「う~ん?」


「出来そうか?」


「で、で、で、で、出来ますとも!」


「嘘吐け!」


「う、嘘じゃ……」と飛鳥が言い掛けたところで、ルイスがそれを遮る。


「今は出来なくても、アイツは、お前が出来ると考えている。とはいえ、一日で会得できるかどうか……とりあえず、やってみっか」


「うん」


 会得するのは困難かと思えたが、フェイントだけでなく、通常攻撃も織り交ぜ、より判断を難しい攻撃を仕掛けたのだが、飛鳥は全てを巧くさばいてみせた。


「やるじゃねーか!」


 てっきり、当然だと自慢してくるかと思ったが、ヘッドセットから流れてきたのは、少し自信なさそうな声だった。


「う~ん?」


「どうした?」


「出来るっちゃ~、出来るんだけど……かなり、シンドイ……」


「シンドイ?」


「うん、もの凄く疲れる」


「神経すり減らすって感じか?」


「うん、あとねー、疲れるから72回、勘で避けた」


「72回?」


「うん。あのね、ルイさんの攻撃が344回あったのね」


「は? お前、俺の攻撃、数えてたのか? 疲れるって言ってる割には、随分と余裕じゃねーか」


「違うの、数は勝手に数えちゃうの」


「は?」


 一概に信じられなかったルイスは、オペレーターを呼ぶ。


「クリスティアーナ!」


「はい、マスター」


「俺の攻撃回数は?」


「飛鳥の言う通り、344回です」


 なんなんだ、コイツは!

 そういえば、あの時も――。



「バーーーンって、足で踏む時ね。本当の時は真っ直ぐなのに、嘘の時はチョットだけ爪先からなんだよ」


「え? そんな癖があったのか? 俺に?」


 モニタ室でそれを聞いていたランディーが、その会話に割って入る。


「いいえ、ルイス、同じですよ。違いなんてありません」


「違うんだってば! 0.48度だけ爪先が下に向くんだって!」


「はぁ? なんだそれ!」


「マスター、飛鳥の言っていることは正しいです」


「え?」


 AIの出した言葉ですら信じられなかったランディーたち開発部は、ルイスの攻撃データを全て分析したのだが、飛鳥が正しかったことを証明するだけだった。


「信じられない……」



「飛鳥、他にも数字で見えたりするのか?」


「うん、だいたい全部」


「全部? 例えば?」


「攻撃してくる速度とか角度とか、動く速度とか方向とか」


「予測というより、見えるのか?」


「このスピードで来たから、こうなるだろうなって、予測する時もあるよ」


 なんだこのチート、動体視力と反射神経の先に、そんな世界が見れんのか?


 一般プレイヤーからすれば、ルイスも十分チート性能であるのだが、そんな人間からしても、飛鳥や刀真は、異次元の世界に見えた。


 刀真とのエキシビジョン、そして、スパーリングに30分付き合って、疲れ果てたルイスは飛鳥に終了を告げる。


「ハァハァハァ、すまん、もう限界だ。あとは、俺以外でも通用するかどうか、他で試してくれ」


「えぇーッ」


「疲れて動き鈍った相手より、いいだろ?」


「もぅ、仕方ないなぁー」


 汗だくになったルイスは、もう一度シャワーを浴び、開発室の隣りに用意されている自室のベッドに横になった。


「このままだと、帰ってきてもランキング3位ですら、危ねーなー」


 そうボヤいて、深い眠りにつくのだった。



 シリアル機の在る5階へと降りて来た飛鳥は、練習になりそうな相手を探すため、ランカーが多く点在していたパリへとログインする。


 モニタだけが光る薄暗い暗い部屋で、突然、パソコンから何かを知らせるアラームが鳴る。

 ベッドで寝ていた男は、モニタへと近づき、アラートウィンドウに刻まれた名前を呼んだ。


「シリアルキラーの方か? まぁ、いいだろ」


 男は、不気味に笑い、3と刻まれたシリアル機に乗り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る