第111話「攻防一体」

 ――実践は、6秒以内に終わらせる。


 截拳道ジークンドーは、この言葉に全てが集約されていると言っても過言ではない。

 如何にして、早期に決着をつけるかが重要な為、通常の格闘技で設けられているような禁じ手が無く、目潰しや金蹴りなど、何をしても構わない。


「6秒以内に相手を倒すには、どうすればいいのか?」


 ただそれだけを追及し、幾つもの答えを導き出して行くその姿は、最早、格闘哲学と呼んでもいいだろう。

 そんな截拳道に影響を与えたという葉問派詠春拳ようもんはえいしゅんけんもまた、無駄なことを排除した合理的な拳法であるのだが……。


「護身用として身に着けるなら、截拳道を選んでいただろう。だがな、GTMには、潰す眼も無ければ、金的も無い!」


 ルイスたち研究班が截拳道を選ばなかったのは、攻防一体の優れた格闘術ではあるものの、6秒以内へのこだわりが色濃く出過ぎており、痛みを感じてひるむことのないGTMに、有効となる攻撃が余りにも少なかったのだ。


「そして、何より、お前は真の葉問派を知ることが出来ない!」


 ――日本人に、詠春拳を教えるな!


 それは、葉問派宗師である葉継問イップマンの遺言だった。

 2000年初頭、幾つもの動画共有サイトが生まれ、2025年の現在においても、調べられないモノが無いと言えるほど、その数は秒単位で膨張ぼうちょうし続けている。

 しかし、宗師の言葉を守ってきた弟子たちは、万人が閲覧できる共有サイトに、簡単な護身動画を上げることはあっても、1から10まで教えるような動画を上げることは無かった。


「解らんゴロシをするのは、しゃくさわるが、二敗する訳にはいかんのでな!」


 飛鳥とのスパーリングで、不完全な詠春拳でも闘えることが判った。

 やはり、密着した状態では、如何いかに速いGTX1000でも、対応が間に合わなかったのだ。

 もちろん、それだけで勝てることはなかったが、勝利への布石になっていたのである。

 それを解っているのか、刀真も対応できない間合いには入らせないようにしていた。


 飛鳥のふところへ入れて、刀真に入れない理由、それは経験の差もあるのだが、持っていた武器に違いが出た。


「まさか、この為のレーザーソードだったのか! なるほど、截拳道の対策は出来ていたということか!」


 詠春拳と截拳道、その違いはあるものの、剣の間合いで闘うという意味においては、同じと考えていい。

 刀真は、ソードのレーザーを切ることによって、一時的に当たり判定を無くし、相手の空振りを誘って反撃することで、守るばかりでなく、攻めにも転じており、それゆえ、ルイスも容易にふところへ入ることが出来ない。


 一瞬のミスが命取りになりそうな激しい攻防に、観客はおろか、実況者でさえも、息を呑んでいた。

 だが、ルイスが刀真のソードを跳ね上げた時、ダムが決壊したかのように一気に歓声が上がる。


「ルイス! サーベルタイガーのソードを跳ね上げ、仕掛けに行ったぁーーーッ!」


 それは、インベイド社の最上階会議室も例外ではなかった。


「ルイさん、いっけぇぇぇーーーッ!」


「え? アンタ、ルイスさんの方を応援してるの?」


「はぁ? なんでアイツ(刀真)応援しないとイケナイのよ!」


「アタシたちの顧問じゃない」


「じゃ、明日、どっち応援するのよ!」


「アンタに決まってるでしょ!」


 そう言われると、満足そうに二度頷く、飛鳥であった。



 ルイスは、跳ね上げた右腕をそのまま折り畳み、肘から一気に踏み込む。


「さぁ、来い、ルイス! 次は仕留めてみせる!」


「よし、ルイさんの勝ちだ!」


「え? どうゆうこと?」


「あれは、逃げれない!」


 それはスパーリングで、勝敗がトリプルスコアになるほど、ルイスが負け越した時だった。


「ルイさん、もう一つだけ、良いこと教えてあげるね」


「なんだ?」


「あの、ドーーーンってするヤツあるじゃん」


「ドーン? 八極拳のことか?」


「あれ、バレバレだよ」


 対サーベルタイガー用に練習していた八極拳のフェイントを飛鳥に試していたのだが、一つも当たってはいなかった。

 そして、その理由を聞いた時、逆に『これは使える』と考えた。


「バーーーンって、足で踏む時ね。本当の時は真っ直ぐなのに、嘘の時はチョットだけ爪先からなんだよ」


 踏み込むモーションに、違いが無いように気を配ってたことが裏目に出て、変な癖を付けていたのだ。

 直すのに時間は掛からなかった、本当に撃つ気で踏み込めば良いからだ。

 このアドバイス以降、勝ち星が増えてゆき、最終的に、勝ち越すまでに至った。

 そして、すでに幾つも変更前のフェイントを罠の種として蒔いていたのだ。


「誘いに乗ったのは俺じゃない! お前の方だーーーッ!」


 撃って来ると思われたタイミングで、刀真は一歩右へ退いたのだが、来ると思われた場所に、右肘はやって来ない。

 ルイスは、避けた刀真の方へ踏み込み、コックピット目掛け、左拳を大きく突き出した。


「貰ったぁぁぁーーーッ!」


 今にも勝者が決まろうとしたその瞬間、諦めたのか、刀真は両手に持ったソードを手放した。

 それを見て、飛鳥が立ち上がって叫ぶ。


「ダメ! ルイさん!」


 この時、真の勝者を予想できたのは、この世界で二人だけだった。

 まるで初めから撃ってくると解っていたかのように、その拳が空を切る。


「避けた相手を迎撃するには、腕を伸ばさなくては届かない。俺を誘ったつもりなんだろうが、詰めが甘かったな、ルイス!」


 刀真は、左手でルイスの左手首を掴むと、今度は右手で左肘を掴み、ブースターを全開にして、ルイスの左腕を軸に回転する。


「なんだ、この技は! 投げか?」


 腕を追いかけるように、体も回転したのだが、その速度に付いて行けず、左腕が捻じ切られ、体は遅れて地面を転がる。

 後に、この技はタイガースクリューと呼ばれることとなる。


「まだだ! まだ、俺には三本ある!」


 だが、ことごとくサーベルタイガーに捻じ切られ、四肢を失って、勝者は確定した。



/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


『あとがき』


 さて、この回を終えるに辺り、一つだけ事実と異なる内容がありますので、間違った知識として広められないように、訂正しておきます。


 実は、日本人でも葉問派詠春拳を学ぶことは出来ます。

 物語を盛り上げるための、一要因として用いたとお考えください。


 また、イップマンの「日本人に、詠春拳を教えるな」という有名な台詞があるのですが、デマらしいという噂もあります。

 亡くなっていますので、真実は判りませんが、息子さんは「聞いたことがない」と言ったそうです。

 まぁ、日本人も学べてますからねw

 そんな馬鹿な!と思う方は、グーグルマップで『詠春拳』と検索してみてください、少ないですが日本でも学べるところが、引っ掛かりますよ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る