第108話「最重要事項」

 開発部の社会見学も終わり、飛鳥だけを残して、桃李ゲーム部員たちは、その部屋を後にした。

 日課となっていたランクを上げるための30分間のプレイと、ゲームの知識を増やすための時間が30分間、そして、学生の本分である勉強を30分間は、既に終わっており、各自、自由時間になる予定だったのだが、エレベーターを待つ間、刀真は何かを思いついたようで、隣りで立つ東儀雅とうぎみやびに話し掛けた。


「東儀、俺たちもスパーリングしてみるか?」


「え? アタシ、GTX555なんて操作できませんよ」


「いやいや、俺のじゃない。お前のだ」


「え? アタシの?」


「俺が、GTR3200に乗るんだよ」


「あぁ~。でも、良いんですか、明日試合ですよ? ルイスさんの対策しなくって?」


「それは心配しなくていい、既に対策は出来ている。まぁ、自由時間だし、やめておくか?」


「やります!」


「北川は、どうする?」


「もちろん、やりますよ!」


「それじゃ、俺たちは5階で降りるから、安西と南城は好きにしてくれて」


 紬と美羽がオペレーターとして参加することも出来たが、スカルドラゴンは雅と紗奈だけでリベンジする予定であるため、刀真は敢えて誘わず、判断を彼女たちにゆだねた。


「それじゃ、アタシたちは、観光に行ってきます」


 スパーリングを見学しようかとも思ったが、居ることによって返って気を遣わせたり、集中できなくなるかもしれないと、紬なりの気遣いだった。


 5階へ着くなり、それぞれ筐体へと向かい、ヘッドセットを着用して、通話回線を開く。


「取り敢えず、ヤツのプレイを真似ることから始める」


「からってことは、後で先生のオリジナルになるんです?」


「おそらく、俺に負けて、何かしらの特訓はヤツもしているだろうからな。現状の武器で、予測される攻撃パターンを幾つか試しておく」


「なるほど、助かります」


「あ、そうだ。始める前に言っておくか」


「なんです?」


「実は、前の闘いでヤツに勝てる選択肢があったんだ」


「え! どうすれば、良かったんですか?」


「距離を取って時間を掛けていれば、お前の勝ちだった」


「ということは、紗奈の言う事を聞いて、離れていれば……」


「とはいえ、お前が勝つのは、2時間13分後だ」


「えーッ! それってまさか、撃ち続けていれば、いずれワイヤーが無くなるってことですか?」


「正解だ。勝ちにこだわっていたならばの話だ」


 仮に、2時間後に勝てると解っていても、雅にその選択はなかった。

 何故なら、あの時、他人のシリアル機を借りて、プレイしていたからだ。


「ただな、あの時のお前の判断、負けはしたが良い選択だった」


「それって、褒めてるんですよね?」


「もちろんだ」


「あの~、二挺にちょう拳銃ってことは、今の実力だと1時間くらい掛かっちゃうんです?」


「そんな鍛え方を俺はしてはいない、今なら20分だ」


「それでも、20分か……」


「もちろん、集中が持続できてが付くぞ」


「出来なければ?」


「お前の負けだ」


「デスヨネー」


「さて、二人とも準備は良いか?」


 切れの良い「はい!」という返事と共に、雅のスパーリングが始まった。



 一方その頃、12階では。

 ルイスの筐体から出てきたパイロットスーツ姿の飛鳥は、ヘルメットを外すと、ゼェゼェと息を切らせながら、その場に倒れこみ、ルイスに休憩を申し出る。


「ちょ、ちょっと、る、ルイさん、きゅ、休憩させて……」


「狂気のシリアルキラーと呼ばれたお前さんでも、流石に体力は、普通の女子高生と同じだな」


「ハァ、ハァ、よ、よく、る、ルイさん、これで、プレイ出来るね……」


「鍛え方が違うんでね」


 そこへ、ルイス専属の開発室長のランディーが会議の提案をする。


「ルイス、シリアルキラーが転がってる内に、明日の作戦会議にしましょうか?」


「そうだな」


 会議と聞いて、慌てて身を起こす飛鳥。


「さ、作戦会議? 待って、アタシも参加する……」


「休んどかなくて、いいのか?」


「大丈夫、平気だから」というものの、その息は未だ荒い。


 20畳ほどの会議室に、ルイス、飛鳥、ラルフ、マリア、そして、ランディー率いる開発陣5名が席に着いたところで、ランディー司会のもと、作戦会議が始まろうとした、その時。

 飛鳥が机を叩いて、それを止め、一斉に視線が集まる。


「ちょっと待って! みんな、重要なことを忘れてる!」


「え? 重要なこと? なんだ?」


「オヤツが無いじゃない!」

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