第107話「VRスポーツ」

 ベクション、日本語で視覚誘導性自己運動感覚しかくゆうどうせいじこうんどうかんかくと翻訳される、その現象とは――。


「床が動いた感じがしなかったんですけど、どうやって動かしたんです?」


 紬の疑問は、全員にも感じられた不思議な現象だった。


「ベクションと呼ばれる錯覚現象の応用なんだが、聞いたことあるか?」


 ゲーム部員一同、首を横に振る。


「じゃ、トレインイリュージョンは?」


「電車のイリュージョン?」


「そうだ、隣りの電車が動き出したのを見て、自分が乗っている方が動いたと勘違いしてしまうヤツだよ」


 全員が「あぁ~」と言葉を漏らしたのも束の間、やっぱり納得できないようで紬は「止まったら、動いてるの解ります?」と尋ねた。


「多人数の場合はな。ただし、それだけじゃなく、他にも色々な装置を駆使して、解り難くはしてはいるから、多人数でも揃って軽く走る程度までなら大丈夫なんだが、散り散りになったり、差がついてしまうと、流石に部屋の壁へ辿り着いてしまう」


「一人だったら、走っても壁に当たらないんですか?」


「あぁ、一人なら壁に当たることはないし、動いているのも解らない」と答えたのは、この筐体の専属プレイヤーであるルイスだった。


「他にも色々な装置って、何です?」


 今度は、開発に興味のある紗奈へと質問者が変わる。


「全てを言っても理解できないと思うから、出来そうな装置となると……豪華客船などに使われるような、揺れ防止装置を使っている」


「どうやって、動かしてるんですか?」


「スーツや壁、床に使っているゴムは、電気を流すことで固まるという話をルイスがしたが、逆に電気を完全に取り除くと、液状化する。動きに合わせて、硬い床を移動する方向に足し、同時に足した分だけ動かしている」


「ルームランナーみたいなモノ?」


「そうだな、止まるとベルトも完全に停止するルームランナーだと思ってくれていい」


「走って飛び蹴りしたら、どうなります?」と聞いたのは、雅だった。


「移動可能エリアは10mあるから、その辺は大丈夫だ」


「え? この部屋の広さって、どのくらいあるんです?」


「直径30mになる」


「え? この部屋、円形なんです?」


「そうだ、その方が距離が均一だから、計算がし易いんだよ」


「あの~、ブースターを使って、飛び蹴りした場合、もっと飛びますよね?」


「GTMは平均15mだが、それを人の縮尺に……あ、観た方が早いな」


 ラルフは、手にしているタブレットを操作すると、街並みが段々と縮小して行く。


「これが、GTX1800の視点だ。どうだ、巨大怪獣になった気分だろ?」


「うわぁぁぁ~、おもしろーい、ちゃんと踏めるよーッ!」と飛鳥は、街のビルを踏み潰し始め、安西美羽も釣られて踏んだり蹴ったりし始めた。


「アンタたちーッ!」


 雅に叱られ、二人が静止するのを見て、ラルフが笑い「あとで、面白いモノ見せてやるから、それまで待ってろ」と言って、説明を続ける。


「ブースターを使ってジャンプした距離が15mだったとして、実際に飛んだ距離が5mだった場合、映像の速度を三倍にして、15m飛んだ気分にさせるんだ」


 叱られた分を取り返そうと、今度は美羽が質問する。


「あ、あの~、GTXで戦闘機に変形した時って、どうなるんですか?」


「それは、操作方法が変わる」


「見せた方が、早いだろう」


 そう言って、ルイスが何かを叫んだ。

 するとルイスの前に、ゴムが伸び上がり、操縦桿そうじゅうかんやキーボードが出来上がる。


「アラビア語で変形と叫ぶことによって、君たちのと同じ操縦桿が現れるんだ」


「どうして、アラビア語なんです?」


「俺はイタリア人だし、日本語は共通言語で使ってるし、英語やヨーロッパ圏の言語では似通にかよってしまうため、言葉に出しても誤認し難い言語を選んだまでだ。別に、韓国語でも中国語でも良かったんだけどね」


 ラルフが手を叩き「そろそろ、最後のアトラクションに移るとするか」と言って、ニヤリと微笑みタブレットを操作すると、聞き覚えのある世界的有名なアクションゲームの音と共に、目の前にそのゲームを3D化したような世界が広がった。


「うわぁぁぁーッ!」と、飛鳥が叫ぶと一目散に走り出す。


「コラーッ! 一人で走りるな、壁に当たるぞ! アイツが怪我しないように、みんな走るぞ!」


 飛鳥は向かってきたキノコのお化けを勢い良く踏みつけると、押し潰されてペチャンコになり、空中に浮かんでるSERIALKILLERの文字の横に、点数が入った。


「これ良いですね、施設に置かないんです?」


「いずれは置くつもりだ。このままだと著作権に引っ掛かるから、違う内容にはなるだろうな」


 全員が最後に旗を掴み、そのゲームは終了する。

 ルイスの筐体は、VRゲームというより、VRスポーツと呼べるような機械だった。

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