第106話「Virtual Reality」

 なんだろう?


 南城紬なんじょうつむぎは、ずっと気になっていた。

 しかし、社会見学中ということもあって、聞くタイミングを逃し続けていた。

 ここへきて、同じ12階の違う部屋に移動すると聞いて、このタイミングならと、思い切ってその気になる相手、隣で歩くルイス・グラナドに質問する。


「それって、何かのコスプレなんです?」


 ルイスは、S級のサッカー選手であると共に、S級のオタクとして有名だった。

 コスプレと呼ばれたそれは、全身タイツというよりも、ウェットスーツのような着衣の上に、機動隊のライオットギア(プロテクター)を身に付けた、近未来の戦士のような衣装だった。

 

「いや、違うよ。これは、モーションを制御するためのパイロットスーツなんだ」


「モーションを制御?」


「俺の筐体は、特別仕様でね。実際に動いて、動作させるんだよ」


「え! 実際に動くんですか?」


「あぁ、そうだ」


 何やら開発の面白そうな匂いに釣られ、その釣り針に紗奈が喰いついた。


「それって、モーションキャプチャーとは違うんですか?」


「モーションもキャプチャーするが、コイツはその逆もするのさ」


「逆?」


「例えば、俺が剣を持っていて、紬を斬ろうとする。紬がそれを盾でガードした場合、剣が盾に当たって、動作は止まるだろ? だけど、実際には止まらず、振り下ろすところまできてしまう」


「え! まさか、それをそのスーツが止めるんですか?」 


「そうだ。今は外しているが同じゴム製の手袋をすれば、押したり、掴んだりの感触も得られる」


 すると、今度は安西美羽あんざいみうが何かを思い出したように、突然、あ!っと叫んだ。


「ど、どうしたのアンタ、突然奇声発して」


「奇声って言い過ぎだよ、紬ちゃん。あのね、さっきの試合で、飛鳥ちゃんがルイスさんを蹴って、頭が吹き飛んでたけど、大丈夫だったのかなーって……」


 それを聞いて紬は、美羽の質問を奪う。


「あぁ、ホントだ! どうなんです? 痛いんです?」


「あぁ、流石にそこは考えてるよ。何もかも同じ動きにしたら、怪我どころじゃすまないからね。壊されたり、折られたり、斬られたりした場合、俺自身の稼動域……つまり、本来動かせない方向へは、行かない設計になってるんだ。だから、その場合、壊された部分の制御や反応が出来なくなるだけで、特に痛みがある訳じゃないんだよ」


「ですよねー、そんなのだったら、ルイスさん、今頃死んでるよ」


 みんなそれで笑っていたのだが、一人、真剣な面持ちの紗奈は、更に踏み入った質問をする。


「その動きを止める仕組みって、どうなってるんです?」


「この中に着ているスーツが、特殊なゴムで出来ていてね。これに電流が流れると、硬くなるんだよ。で、上から着ている電子制御の服が働いて、その一部だけを硬質化させるんだ」


「それ、重くないんですか?」


「これでも、随分マシになったんだぜ。なんせ最初の頃は、100キロもあるロボットスーツだったんだからな」


「100キロ!?」


「だが、このゴムが見つかったお陰で、かなり軽くなったんだ。とはいえ、まだ6キロある。さて、着いたぞ。この部屋がこのスーツを使う、俺の筐体だ」



 部屋に着いたものの、ラルフに待つよう指示され、しばらく待っていると、マリアが人数分のゴーグルを抱え戻ってきた。


「本来、ドライバーは、ヘルメット着用でこの部屋に入るんだが、見学だけなら、このゴーグルでも代用できる」


 イマイチ理解できなかったのだが、部員たちは皆一様みないちようにゴーグルを着け、ドライバーである筈のルイスも、同じようにゴーグルを着けた。


「そのスーツとゴーグルだと、ダイビングに来たみたいですね」


 紬が、そう笑ってツッコミを入れると、ルイスは笑ってこう言い返す。


「紬はジョークのつもりで言ったんだろうが、概ね正解だ。なぜなら、今から俺たちはGTWの世界にダイブするんだからな」


 部屋に一歩踏み込むと、そこは部屋の中というより、まるで外の景色のようだった。

 街並みも、道路も、空も、太陽でさえも、その視界に映る何もかもが、実現世界のように見え、唯一違っていたのは、この部屋の扉がまだ開いており、その部分だけが、空間を切り取られたように、ビルの内壁を見せていた。


「す、凄い……」


 紗奈は、その違いを確かめようと、ゴーグルを外し、部屋の内部を見た。


「え? 真っ暗で、何も見えない」


「実際に映像を見せてるのはゴーグルで、部屋に映ってる訳じゃないんだ」


「綺麗に見せるために、暗くしてるんですか?」


「それもあるが、この壁面にはルイスが着ているスーツと同じ素材のゴムが使われていてね。当たり判定の役割も、になっているんだ」


「当たり判定?」


 ラルフは、扉を閉めるようにスタッフに指示を出すと、歩きながら解説を始め、皆、それに着いて行く。


「そのスーツの話で、ルイスが押すことも掴むことも感じることが出来ると言っただろ? だが、実際、当たりがそこに在る訳じゃないから、壁にもたれ掛かっても倒れてしまう。そこで、プレイヤーの10m四方の当たり判定をこのゴムに空気を流し込んで膨張させたあと、電気を流し固める。そうすることによって、壁にもたれる事が出来るようになるって訳だ」


「え? じゃー、スーツの方に掴むや、押す感覚って要らないんじゃ……」


「動き回るその他のプレイヤーを、この壁面のゴムで再現することは不可能だ」


「じゃ、飛鳥がやった棒高跳びのような、飛び蹴りをするってのは出来ないんですね?」


「いいや、それは擬似的に作れる」


「擬似的?」


「動くのは自分じゃなくて、周りになるんだよ」


「え?」


「その動作速度に合わせて、スーツも映像の動きも変えてやるんだ」


「それで再現が出来るんです?」


「100%同じものとは、言い難いが……錯覚を起こしているため、まず気づかない」


 それでも、納得できなさそうな紗奈に、ラルフはニヤリといやらしく笑い、質問する。


「結構歩いたと思うが、何m歩いたと思う?」


「え? 20mくらいは、歩いたでしょうか?」


 するとラルフは、外のスタッフに扉を開けるよう指示を出した。


「ランディー! 開けてくれ」


 振り返って見れば、なんと入り口から、2mも離れていなかった。


「えーッ! なんで?」


「実は、それぞれの歩くスピードに合わせて、全体がスクロールしていたのさ」


「床、動いてたんですか?」 


「な、解らなかったろ?」

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