第105話「VRMMOへの道」

 インベイド本社の10階から12階は開発室になっており、中でも12階は先進的な開発がメインとなっていた。

 再び、社会見学として、12階へやってきた桃李ゲーム部員たちは、着いて早々、マリアから秘密保持契約書にサインを求められる。

 だが、一人だけサインしない者が居ることに気づいた南城紬なんじょうつむぎが、その者に問い掛けた。


「あれ? 先生は、サイン無しです?」


「俺は、そもそも此処の社員だからな。とうの昔に、サインはしているんだよ」


 当然のように答えたのだが、実は嘘でサインなどしていない。

 すると、紬はニヤリと笑い、鬼の首でも取ったかのように、鋭いツッコミを入れる。


「そういえば、先生、次のプロの人数バラしましたよね?」


「おぉ、そうだ! そうだ! 罰金だ! 罰金! 虎塚センセ~、困るなぁ~、気をつけてもらわないと~」


 面白いネタにすぐ飛びついた、この会社のCEOであったが、その社員に軽く返される。


「それを言ったら、ラルフの方が先じゃねーか」


 そう言われCEOの舌打ちによって、このネタはエンディングを迎えたかに見えたが、そばに居た秘書に「お二人から、戴きますよ」と、手痛いバッドエンドに変貌する。

 最早、残されたルートは「お、お前たちも、気をつけろよ!」と、敢えて反面教師を受け入れるという、下から二番目のエンディングで、もちろん、ハッピーエンドは『間抜けな社員一人を反面教師にする』であった。


 まぁ、バラされても訴えるつもりも、罰金を取るつもりもないが、そのくらいのつもりで居てもらわないとな。

 な~んて本音を言うと、サインさせた意味が無くなってしまうから言えんのだが……。


「あれ? 飛鳥一人かと思えば、みんな来たのか?」


 飛鳥を迎えに現れたルイスの疑問に、ラルフが応える。


「あぁ、社会見学が延長になった。それが終わり次第、お前と飛鳥のスパーリングを始めてくれ」


「スパーリング?」


「そうだ、対お前用だ。社会見学が終わったら、他の者たちは、此処から去ってもらうぞ」


 すると刀真は、遅れてやって来た飛鳥を指差し「アイツで勤まるのか?」とルイスに尋ねると、今度はルイスがそのまま返してきた。


「アイツでは、勤まらないのか?」


「いや、そういう意味じゃない。ただ、アイツを楽しませるだけになりそうな気がしてな」


「ということは、勤まるってことだな?」


 ストレートには聞かなかったが、つまりは『サーベルタイガーとシリアルキラーに差はないんだな』と聞いているのである。


「そういう意味では」


「なら、問題ない。例え、対サーベルタイガーになっていなくとも、レベルアップはするだろう……お互いにな」


「それは楽しみだ」



 飛鳥がサインを終えたところで、ラルフは部署の説明を始める。


「此処にある機材や開発ソフトに関しては、実験的なモノばかりで、GTWや他のコンテンツに実装するかどうかは未定だ。ただ、使わなくとも著作権の申請はするつもりなので、決して口外はしないように」


 罰金の話を聞いたばかりの部員たちは、無言だがしっかりと頷く。

 その中に、この階に来てから何もかもが、まるで財宝に見え、まばたきすらも惜しいほどに、眼をギラギラと輝かせる者が一人、そう紗奈である。


「あのー、あれは何をしてるんですか?」


 どうにも我慢できなくなった紗奈は、次から次へと色々な機材やアイテムを指差し、質問していく。


「あれは、脳波でコントロール出来るかのテストだ」


「え? 脳波コントロールは、随分前に……」


「確かに、随分前から、あらゆる企業や大学で実験には成功している。だが、成功例は限定的なモノだし、実用性があるとは、とても言えない代物だ」


「そうですね、商品化されたってニュース聞かないですもんね」


「だろ? ウチの実験でも或る程度までは着ている。だが、大きな問題を抱えていてね」


「大きな問題?」


「実際に行動するための思考と、脳内だけのシミュレートの区別がつかないんだ」


「行動するって脳波を、見つけないとイケナイんですね」


「いいや、そんな単純な話じゃないんだよ。ホント、神様ってヤツは、よくもまぁ、人間なんて複雑なモノを創ったもんだと感心するよ」


 紗奈は半分ほど理解できていたようだが、他の部員たちが置いてきぼりを喰らっていたので、刀真が改めて解説を始める。


「実は、行動するってフラグは取れるんだ。だが、それが取れたってことは、既に体が動いた後なんだよ。例えば、俺が考え操作させる人間で、北川、お前が実際に動くロボットだとしよう。そこの机の上にあるペンを隣の机の上に置いてくれ」


 言われるがままに、紗奈はペンを隣の机の上に移動させる。


「このレベルの実験は、既に成功しているんだ。だが、次に問題となってくるのが、北川、ペンを戻してくれ」


 紗奈は、再び、ペンを元の机の上に戻した。


「って、五分後に言おう」


「えぇーッ! なんですかそれ!」


「これが、脳内シミュレートによる誤作動だ」


「あぁ、そうか! 後で動かしたいのに、考えた段階で先に動いてしまう! え? でも、行動フラグが取れるなら……あ!」


「気づいたか、北川? 行動フラグで管理してしまうと、本人が動かないと、ロボットも動かないモノになってしまうんだ。そして、本人が行動してるなら、モーションキャプチャーで事足りる。医療現場での遠隔手術のようにな」


「そうかー、それで行動フラグで管理するのをやめたから、区別がつかなくなってるんですね」


「そうだ。だがそれも、やろうと思えば、出来ないことではない。5分後にペンを戻すって考えればいいんだ」


「えぇー、でもそれじゃ、考える順序を間違えると……」


「その通りだ、安西。そこまでいくと、全ての行動に対して、先に時間を指示しないといけなくなる。それと今、簡単に説明したが、人間並みの曖昧さが機械には通用しないという問題も抱えていてな。本来であれば、何年何月何時何分に机の前に行き、何年何月何時何分に左手の人差し指と親指で机の上のペンを挟み、何年何月何時何分に……と、正確な指示が必要になってくる。それ(ペン)をそっち(隣の机)にでは、通用しないのさ」


「ほへぇ~、そんなことするくらいなら、普通に手を動かした方が早いよ」


「そうだ、南城。だから世の中には未だ、脳波でコントロールするモノが出回ってないのさ」


「なるほどねぇ~」


「ウチとしても現段階では、今、刀真が解説してくれた、一連の流れまでは着ている。しかしそんなんじゃ、ゲームにならないだろ? だから、何かしらフラグのようなものを見つける実験を続けているんだ。そして、問題は他にもある」


「え! まだあるんですか?」


「ゲームに限っての話だが、本来、出来ないことを行動に移す場合があるだろ?」


「空を飛んだり! 魔法使ったり!」


「そうだ。ようやく、無い脳ミソが動きだしたようだな」


 キィィィーーーーッと叫んで、ラルフの袖を引っ張る飛鳥に対して、放せと小突くラルフ。


「あぁ~となると、夢を見るようにゲームが出来る世界は、まだまだ先になりそうですね」


「北川は、ゲーム開発者になりたいんだろ? いつか自分が実現してやるって意気込みじゃないと、何処も採用してくれないぞ」


 そう言って、刀真は笑うのだった。


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