第102話「Ladies and Gentlemen, Start Your Engines.」

 今回のエキシビジョンマッチを行うに当たって、テレビ局の何社が独占放送の契約をしようと試みてきたのだが、ラルフがそれに応じることはなかった。

 しかし、実況放送者たちにおいては、無料放送であることを条件に快諾する。

 それは、ゲーム観戦を純粋に楽しんで欲しかったからで、そこに余計な因子を混ぜたくないという思いからであった。


 その実況者たちの中には、もちろん、ダニエル・フィッシャーの姿も在った。


「やー! みんな、お待たせ」


 あれ? いつもの部屋じゃない?

 どこに居るんだ、ダニエル?


「此処は、とあるオフィスの一室だ。実は、或る人物から、良い物が手に入ったから見に来ないかと招かれて来てみたんだが、そいつが余りに凄いんで、チビりそうになったぜ。お前らも、気をつけろよ。そいつが、これだ!」


 ダニエルは、カメラを動かし部屋の中心を映すと、そこに在ったのは都市の大きなジオラマだった。


 なに、それ?

 鉄道模型?


「こいつは、GTWの世界を3Dで映し出す、ジオラマと呼ばれている機械で、戦闘履歴からの再生や、リアルタイムで戦場を観る事が出来き、更には拡大縮小、角度変更も自在にできる、つまりは、神視点でGTWを観られる代物だ」


 おぉーーーッ!

 そんなモノが在るってことは、インベイドか?


「と、いうことで、本日の放送は、この部屋を所有するスペシャルゲストだ。それでは、お呼びしよう。ゴーゴル社CEOにして、GTWランキング5位、ローレンス・ミハイロフ」


 うわぁぁぁ、ホンモノじゃねーかッ!

 すげー!


「ローレンス、今回のエキシビジョンについて、率直に聞きたい。3人は、少なくないか? どうせやるなら、王32人とサーベルタイガー、シリアルキラーを合わせた34人の総当りにすべきだったのではないかと思うんだが?」


 放送画面に『流石、ダニエル、その通りだ!』と、賛同のコメントが多数流れる。


「そう言いたい気持ちも解るし、俺も参加したかった内の一人ではある。しかし、今回のエキシビジョンマッチは、そもそもルイスの事情ありきなんだ」


「ルイスの事情?」


「そうだ。先日、ルイスがワールドカップの選手兼監督に就任したのは、知ってるだろ? ゲームを楽しみながら、それが出来るほど、ワールドカップは甘くないってことさ」


「つまり、サッカーに集中したいと?」


「そうだ。34人の総当りなんてやっている時間は、ルイスには無いし……いや、そもそも、ルイスの眼中には、2人しか居なかったってことだ」


「ヨハンも眼中になかったと?」


「確かにヨハンは、ランク1位だが、プレイスタイルが違い過ぎる。もしも、これが団体戦なら、間違いなくヤツも入るだろうが、個人戦ではルイスの敵じゃない。そいつは本人も解ってる筈だ。面白くないと思ってるヤツが居るとすれば、3位のネメシスや、4位のラグナだろうな。特にネメシスは、ルイスと数える程度しかやっちゃいないし、サーベルタイガーとシリアルキラーに関しては皆無だからな」


「あれ? ラグナの戦歴にも、どちらの名も無いんだが?」


「ラグナは、特別会員だ。非公開時代に、サーベルタイガーとはやっている」


「なるほど、他の王に関しては?」


「俺以下の者が、この闘いに口を挟む権利などない」


 辛辣しんらつぅぅぅ~。

 オペレーター1000人も居るヤツが、偉そうにw

 おめーは、ゲームばっかしてねーで、ちゃんと働けよw


 中傷コメントで画面が溢れかえり、するとローレンスも売られた喧嘩を買い始める。


「なんだと! 1000人雇えるモンなら、雇ってみろ! 課金も強さの一つなんだよ、バーカ! それにウチはな、俺が働かずとも優秀な社員が居るから大丈夫なんだよ! 給与も休日も、十分に与える超絶ホワイトなんだよ!」


 ダニエルは、焦った。

 もしここで、ローレンスにヘソを曲げられ、部屋を追い出されては、実況が試合に間に合わないし、なにより、ジオラマでの動きも見れなくなる、ダニエルは慌ててフォローに入った。


「おいおい、ゲストへの誹謗中傷は止めてくれよ。そんなことより、今からの対戦を楽しもうぜ!」


「構わん、構わん、ダニエル、俺は慣れてる。これも、楽しみの一つだ」


「そ、そうか、それじゃ、試合が始まる前に予想と行こうじゃないか。ローレンス、ルイスとシリアルキラーどっちが勝つと思う。それと、このエキシビジョンの優勝者は?」


「サーベルタイガー討伐イベントがあるまで、俺はシリアルキラーの方がルイスより強いと思ってた」


「その根拠は?」


「シリアルキラーが、サーベルタイガーそのものだと感じたからな」


「今は違うと?」


「あそこまで、ルイスがシリアルキラーを圧倒したんだ。考えを改める必要があるだろ? ダニエル、君の予想はどうなんだ?」


「俺はこの試合の勝者が、優勝者になるのではないと思っている。それはサーベルタイガーの再来と呼ばれたシリアルキラーをルイスが倒せば、必然的にサーベルタイガーからも勝利するだろう。そして、もし、シリアルキラーが勝てば、以前のサーベルタイガーと同等と呼ばれてた時代から、成長したと考えられ、サーベルタイガーにも勝つだろうと予想する」


「なるほどな、一理ある。だが、俺の優勝者予想は揺ぎ無い。サーベルタイガーだ」


「なぜだ? 対戦して、サーベルタイガーそのものだったんだろ?」


「いいや、正確には違ったんだよ。つい先日、正しく分析しなおして、その差があることが判明した」


 えぇぇぇー! マジかー! 俺、シリアルキラーに賭けてんのに!


 どよめくコメント欄。


「なるほど、公式のレートは、そこから来ているのか」


「いいや、あれは金融大臣の直感だよ」


「金融大臣?」


「このゲームの経済を仕切ってる男でね。そいつが、それぞれを面接した上で、レートを決めたんだよ」


「面接? ゲームプレイを見てじゃなく?」


「まぁ、他人が聞けば変に思うわな。だがな、アイツを知る者は、アイツの金への嗅覚を馬鹿に出来ないんだよ」


「そういう意味においても、サーベルタイガーだと?」


「う~ん? それはあくまで、一要素に過ぎない。俺でさえも、サーベルタイガーを特別視している部分が大きい。何かしら見せてくれるという期待感から来るものかな?」


 実況中継を見ながら、そのコメントに対して、愚痴を零す者が一人。


「随分とハードルを上げてくれる」


「先生は、もう対策は出来てるんですか?」


「ルイスの方か? それとも、妹の方か?」


「どちらもってのは、贅沢ですか?」


「そうだな、一応、お前の妹と対戦する訳だから、ルイスだけにしておこうか」


「飛鳥に、言ったりしませんよ」


「解ってるよ。だがもし聞けば、お前の性格上、妹にアドバイス出来なくなるだろ?」


「あぁ、確かに……でも、アタシが飛鳥にアドバイス出来るようなことなんて、有りませんよ」


「お前は、お前が思ってるほど、弱い存在ではないぞ。それに、お前には妹に無いものを持っている。自信を持て」


「ありがとうございます」


「ルイスの攻略だが……」


「あ、やっぱり聞くの止めておきます」


「え?」


「やっぱり、純粋に観戦を楽しむことにします」


「そうか」



 また、別の場所で、モニタの明かりだけが灯る暗がりの部屋で、爪を噛み、ブツブツと呟きながら、エキシビジョンが始まるのを待っている男が一人。


「ルイスめ! 負けちまえ! お前らがルイスに勝って、俺がお前らを倒せば、俺が実質最強なんだ、勝ち逃げなんて許さねぇーッ!」



 エキシビジョンマッチ第一試合、闘いの舞台となったのは、兵庫県神戸市。

 JR、阪神、阪急と、三つの電鉄が並ぶ三宮駅を挟んで、北側にルイス、南側に飛鳥というスタート位置となった。

 ルイスと飛鳥は、開始されるその時をコックピットの中で静かに待っていた。


 全世界に在るインベイドの施設で、エキシビジョン用特設Webサイトで、そして、戦場で、ラルフによるアナウンスが流れる。


「Ladies and gentlemen, start your engines.」


 これは飛鳥とルイスに投げられた言葉ではなく、全世界の視聴者に対して「心の準備は、出来たか?」と聞いており、もちろん、そのことは観客たちも理解していて、もうこれ以上待てないとばかりに、各地で新年を迎えたような歓声が上がる。


 飛鳥のモニタに、ルイスからの回線要求のメッセージウインドウが開き、許可を押す。


「いよいよだな」


 飛鳥は、それに黙って頷く。


「俺は、前ので闘いで、お前に勝ったとは思っちゃいない。お前だって『次は負けない』と言ってたが、負けたつもりはないんだろ?」


 人見知りと緊張が合わさり、やや声が出し辛い状況であったが、この質問でようやく「うん」と、一言だけだが、声を発することが出来た。


「決着をつけよう」


 飛鳥は、画面に映るルイスに向け、右腕を伸ばし親指を立てることで、それに応じ、ルイスもまた合わせるように、画面に映る飛鳥に向け、親指を立てる。

 互いの健闘を祈り、舞台の幕が開く。


「それでは、エキシビジョン第一試合『ルイス対シリアルキラー』の試合を開始する」


 三宮の空が赤く染まり、カウントダウンが始まると、観客たちも、声を合わせ、カウントダウンに参加する。


 3・2・1・GOーッ!

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