第101話「Odds」

 エキシビジョンマッチ、そして、それにギャンブルが伴う発表があったのは、首脳会議の直後で、配当率が確定したのは、その日の夕方だった。

 当初は、好カードとギャンブルの実装で、大きなニュースとなり、インベイド社が宣伝しなくとも、一瞬で世界に知れ渡ったのだが、6種類のクジの内、高くても8倍という低いレートと、1人1クジというルールは、特別会員の中にも不満を漏らす者が現れた。


「おい、ジム! なんで、1人に対して1投票だけなんだ?」


「シナン……君は、全種類買うつもりだったのかい?」


「ま、まぁな、6種類しかないからな」


「リスク回避という意味においてなら、君の考えは正しい。しかし、純粋にギャンブルを楽しむなら、1種類しか買えない方が、ドキドキするだろ?」


「それは、額にもよるだろ。100ENから賭けれるんだ。そんなんじゃ、ドキドキしねーよ」


「ギャンブル好きで、石油王の君が、低額を賭けるとは思えないんだが?」


「俺はな」


「高レートでやりたいなら、身内同士で賭けをすればいいじゃないか」


「いやいや、俺は俺自身のために言ってるんじゃなくて、世の中のギャンブル好きには物足りないって言ってるんだよ」


「そうだな、おそらく、今回のギャンブルで買う人間は、しているプレイヤーに投票するか、記念で買ってみるかの2種類だろうな」


「だろ? だったら、余計にブックメーカー方式より、オッズ変動の方が良かったんじゃないのか?」


 賭博の配当方式は、幾つか種類があるのだが、一般的に広く知られているモノとしては、二種類しかないと言っていい。

 一つは、投票券の売り上げによって配当率が変動し、胴元が必ず一定の利益を得られ、ロト宝クジなどに代表される、パリミュチュエル方式。

 もう一つは、胴元が先に配当率を決め、その後、投票券が購入されてもオッズが変動することはなく、胴元が大敗する危険性をはらんでいる、ブックメーカー方式。


「残念ながら、パリミュチュエル方式の場合、本人たちにその気はなくとも、その勝敗に関わらず、八百長を疑われる可能性が高い」


「意味が解らん! なぜ、八百長だと疑われんだ?」


「ルイスは、特別会員だと知られているし、サーベルタイガーは、プレイを禁止されていたんだ。インベイド社と関係が無いと、思う方が可笑しいよ」


「ッチ、確かにそうかもしれんが、でもよ、それならそれで、ブックメーカー方式でも、八百長を疑うんじゃないのか?」


「サーベルタイガーを軸にした場合の配当率は、覚えているか?」


「忘れるかよ! あんな低配当! 1.01と、1.05だ!」


「そうだ、1億賭けても、100万か500万しか入らん。八百長と思うか?」


「低過ぎて、出来レースって思うんだが?」


「出来レースって思うなら、それに賭ければいいんだよ。それに、出来レースって思われた方が、各国のブックメーカーが手を出し難くなる」


「独占できるってことか?」


「そうだ。それと配当率だが、決して低くは無い、ちょうどいいんだ。仮に、登録者全員が1.05に賭け、当たったとしても、16億の損にしかならないからな」


「ちょっと待て! 一番高配当の8倍に全員が賭けたら……最低でも、2400億!?」


「それなら、それでも構わない。ENが、それだけ世界にまわるんだからな」


「大赤字じゃねーかよ! ジム……一体、俺に何機、プライベートジェットを買わせたら、気が済むんだ?」


「何度も言うが、それは、君が言った台詞だ!」



 この時ばかりは、自らを戦場カメラマンと呼んでいた世界的人気実況者ダニエル・フィッシャーも、予想屋になっていた。


「出来レースと呼んでるヤツも多いようだが、俺はそうは思わない。何故なら、それをする意味がないし、第一、ラルフがそんなヤツじゃねーからだ。金儲けがしたいなら、ガチャを導入した方が、よっぽど儲かるだろ? それにだ、あの狂気のシリアルキラーが、八百長に乗るとは考えられん」


 画面には、賛同のコメントで溢れ返ったが、やはり、否定のコメントも目立った。


「まだ解ってないヤツが、多いようだな。ラルフは自分では言わなかったが、出来レースでない証拠を出している。投票数と賭け金を公表してることと、対戦時間まで買い直しも可能にしているし、賭けてないヤツは観れないなんて、ケチくさいこともしてねーんだ」


 今回のギャンブル発表は、公式サイトおよび、公式アプリ内で発表されており、投票クジはそのアプリから、購入可能となっていて、そのページ内には、各クジの下枠に投票数と賭け金の合計が記されていた。


「仮に、出来レースなら、サーベルタイガー・ルイス・シリアルキラーの順である①-②-③しかない。そうなるとだ、それぞれに入る額は少ないが、登録者へのプレゼントってことになるんじゃないのか?」


 1EN、5EN貰ってもなぁ~というコメントが、津波のように画面を流れて行く。


「だろ? 全員が賭け、外したとしても、高々3200億だ」


 3200億とは限らないだろ! もっと張るヤツだって居るだろうし。


「いいや、ほぼほぼ、賭けられる金額は、記念で100ENってとこだろう。確かに、中には10万、100万と賭けるヤツも居るだろうが、高くて8倍だからな。そんなリスクを大多数がおかすとは思えねー」


 3200億は、高々ではないと思うんだが?


「確かに、数字だけを見れば、3200億は高々ではない。しかし、運営から見れば、微々たるものだ。その程度の金で信頼を失う事の方が、危険極まりない! それにさ、よく考えてみろよ。俺たちはこの5ヶ月の間、タダでプレイしてきたんだぜ? おそらく、この先だってそうだろう。仮に八百長だったとしてもだ、100ENくらい払ってやってもいいんじゃないか? この好カードのチケット代だと思えばいいじゃないか、違うか? 俺は間違ってるか?」


 そう言われると、そうだな。

 俺も、記念で買ってみようかな?

 なんか、ダニエルの言う通り、八百長しない気がしてきた。


「だろ? それと俺が思うに、今回のは布石だ。いずれ、本格的なギャンブルが投入されるだろう。本当のギャンブルをするは、その時でいい。今回は、観戦を楽しもうぜ!」


 ところで、ダニエル、お前の予想は?


 そうコメントが流れ、ダニエルはニヤリと笑い、自らの予想を発表する。


「やっと本題だな、俺の予想は……」


 ジム・アレンの予測に反して、ダニエル・フィッシャーの言葉を受けてかどうかは定かでないが、アメリカとイギリスのブックメーカーも動き出した。

 どちらも、インベイドが設けた三連単ではなく、独自の対戦ごとによるオッズを発表する。

 一つを例に挙げると、

 第1カード『ルイス・グラナド 対 シリアルキラー』

 ルイスが1.4倍、シリアルキラーが4.2倍、相討ちが23倍となっており、純粋にギャンブルを楽しみたい者たちは、そっちへと流れた。


 この時より1年経たずして、ダニエル・フィッシャーの予言通り、本格的なギャンブルがゲーム内に実装されることとなる。

 しかし、その内容を知った時、全てのファンは勿論のこと、ギャンブラーでさえも驚愕する。


 なんと、全てのプレイヤーが胴元に成れたのだ。


 独自のオッズと、運営に対する手数料も掛からず、カジノを運営が出来るのである。

 単純なものであれば、ジャンケンでさえもギャンブルとなった。

 ただし、払い戻しが出来ないことのないように、先に最大損失値分のENを入金しておくか、所持金の範囲内でのみで、クジを販売することとなっている。


 実装初期段階では、当然のように倫理的観点から「やり過ぎだ」との声も多かったのだが、次第に収束していく。

 それは、この時の実装によって、登録IDが急速に増え、7億を突破したからであった。


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