第93話「必殺技」

 東儀雅とうぎみやびの特別訓練を終え、他の部員たちと合流した刀真を待ち構えていたのは、南城紬なんじょうつむぎの質問だった。


「先生、アタシの距離って、どのくらいなんですか?」


 その質問に、安西美羽あんざいみう便乗びんじょうする。


「あ、それ、アタシも聞きたいです!」


 困ったなぁ……さて、どう答えるべきか?

 折角、聞いてきたのに、真実を言えば、やる気をぐことにならないだろうか?


 しかし、このまま悩み続ける訳にも行かず、真実を言いつつも、後々やるつもりだった提案を先に持ち出すことにした。


「先に言っておくが、お前たち二人に才能が無い訳じゃない。ただ、今のお前たちは、距離を聞かれるほどの反射神経を持ち合わせて居ないのが事実だ」


 それを聞いて落胆らくたんする二人であったが、すぐにフォローを入れる。


「だが、それは練習次第で身に付けることも出来る。ただ、それには時間が掛かることと、正直、その練習ってのは面白くない。そこでだ、今は反射神経に関しては急がず、戦いの中で徐々に身に付けながら、お前たちに合った戦い方を探す方がいいだろうと思っている」


「戦い方を探す?」


 そう言ってやって来たのは、先日社会見学で訪れたインベイド本社ビル7階、モーションキャプチャスタジオ。

 このフロアは、様々なモーションを取るために、幾つもの顔を持っているのだが、今日は先日と同様の体育館の姿をしていた。

 その中央には、バレーボール・バスケットボール・サッカーボールなど、幾つか種類のボールが入った籠型のカートが置かれており、刀真は、その中からバスケットボールを一つ手にする。


「気分転換に、バスケでもするんです?」


「いいや、違う。今から教えるのは、GTWで強くなるための一要素だ」


「バスケが、ですか?」


「あぁ、そうだ。南城、確かお前は、中学時代バスケをやってたんだよな?」


「はい。先生も、バスケを?」


「いいや、俺は体育の授業でやった程度だ」


「え? それで何を教えてくれるんです?」


「バスケを教えるのは、俺じゃない。お前だ」


 そう言って、紬にパスを出した。


「は?」


「色々なバスケの技を見せてくれないか?」


 首を傾げながらも、紬は「解りました」と言って、ボールをつき始める。

 ドリブルがリズムに乗ったところで、ボールを背後に回したり、股の間を通したりしてみせ、その後、刀真を使って、どうやって敵を抜くのか、どういうフェイクがあるかなど、様々な技を紹介し、解説していった。


「よし、南城、この辺りにしておこうか」


 刀真の言葉を受け、紬はワンバウンドでボールを返し、それを受け取った刀真は、この授業の意味を語り始める。


「さて、いよいよ本題だ。GTWのランキング上位者の殆どは、何かしらのスポーツから、技を持ってきているんだ」


「え? ボールが武器として在るんですか?」


「いやいや、そうじゃない。フェイントやフェイクなんかを攻撃だけでなく、逃げるため手段として使っているんだ」


「あぁ~」


「まぁ、ボールを武器として申請するってのも、面白いアイディアだとは思うがな」と笑って、さらに話しを続ける。


「バスケやサッカーでのフェイント、アメフトなんかのタックル、場合によっては、多人数でのフォーメーションを持って来ている」


 飛鳥が記憶の中にある団体戦を思い出し「た、タイガーさん?」と、自信なさ気に口にする。


「そうだな。インベイド副社長であるタイガーや、この前、お前たちが戦ったシナンは、どちらかと言えば、歴史の戦術を参考にしているが、確かにスポーツのフォーメーションも使う。だが、お前はもっと体験したヤツが居ただろ?」


「えー、ヨハン?」と、嫌な顔をしながら、飛鳥が答えた。


「そうだ、ヨハンのポーンたちは、アメフトのフォーメーションや、サッカーのゾーンプレスとかを参考にしている。つまり、完成させられたモノを持ってくるのは、教え易いし、遣り易い、良い成功例なんだよ。中でも、一番多いのが格闘技だ」


「ルイスの拳法ーッ!」と飛鳥が叫ぶ。


「そうだ。剣術であったり、ボクシングであったりだ。そして、南城、お前には……」


「バスケがあるって、言いたいんですね。でも、身に付いてるのと、操作するのは違いますよ」


「もちろん、その通りだ。練習も必要だし、使えないモノの方が多いだろうな。探すのも大変だろうが、自分なりの何かを見つけ、モノにする方が今のお前たちには、きっと良い方向に導けると思うんだ」


「あの~、アタシは?」


「安西は、中学時代の部活は?」


「吹奏楽部でした」


「吹奏楽か……他に、なにか習い事は?」


「ピアノ習ってましたけど……役に立ちます?」


「う~ん? すまない、音楽系では思いつかない。だが、お前は視野が広いというアドバンテージが有る。必ず、なにか合うモノがある筈だから、一緒に探そう」


「はい」


「今言ったことは、二人に限ったことではなく、東儀たちやオペレーターをする北川にも言えることだ」


「戦術のフォローってことですか?」


「それもあるが、相手のフォーメーションが判れば、対処法教えたり、知らなければ研究したり、自分たちでもやってみたりと、出来ることが広がるだろ? このゲームは自由度が高い。禁止されている改造行為以外なら何をやってもいいんだ。現に、別アイテム、スマホやタブレット、計算機、自分を盛り上げるために、音楽プレイヤーを持って入って聴いている者も居るんだ」


「ロボットアニメの戦闘BGMとか、盛り上がりそうですね」


「北川……お、お前は、副社長のタイガーと、は、話が合いそうだから、ク・ク・クッ、き、気をつけろよ!」


 刀真は、ボケの途中で噴出してしまい、一人、腹を抱えて笑い出した。

 深呼吸して、気持ちを落ち着かせ、改めて仕切り直す。


「さて、もう少しだけ、自分なりの戦法を見つけるために、ヒントを言っておこう」


 無言で頷く部員たちに、刀真は話しを続ける。


「ワカランゴロシって、聞いたことあるか?」


 ゲーム用語だけに、我先にと紗奈が答える。


「格ゲーの用語で、対処法が解らない初見殺しですよね?」


「そうだ。身近なところで言えば、北川と東儀が戦ったスカルドラゴンのワイヤーが、それに当たる」


「でも、サーベールタイガーは、初見で見切っていたようですけど?」


 若干、嫌味っぽく、雅がボヤいたのに対し、刀真は「お前の妹だって、初見ではやられないだろうな」と笑い、飛鳥はモチロンだとばかりに親指を立てた。


「でも、初見殺しを探すのって、なんかズルイ気が……」


「何もズルくはないさ。そんなこと言ってたら、全ての格闘技を否定することになる。東儀、スカルドラゴンをズルイと思ってたのか?」


「あ、確かに、思ったことないです……」


「だろ? 自分がヤルとそう思うだけなんだよ。対処法は、相手に投げればいいんだ。そうだな、気になるんなら、言い方を変えようか? 自分の、自分だけの必殺技を作るんだ」


「必殺技!」


 その言葉に、飛鳥は目を輝かせ、美羽は妄想を膨らませ、紬は早速バスケで使える技を頭の中で探し始め、紗奈はスカルドラゴンの対処法を探し、雅は二挺拳銃にちょうけんじゅうが自分の必殺技のような気がしていた。

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