第92話「20秒の壁」

 真っ白な空間に、真っ黒なGTMが2機、宙に浮かんでいる。

 想像以上に、何も無い世界に、雅は目を丸くした。


「え!? なに此処!?」


 白いキャンバスに黒いGTMを描いたような不思議さもあって、すぐそこに小さいGTMが居るようにも見える。


「しまった! 比較対象が無いと、距離が掴み難い! えっと、今が500mだから……とりあえず、倍の大きさに見える辺りまでにしよう。まずは、近づけさせないように……」


 深く考える暇も無く、世界が赤く染まり、モニタの中央に対戦までのカウントダウンが始まる。

 10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・0と同時に、刀真は戦闘機に変形し、一直線に向かって来た。


「え!」


 人型で倍の大きさと判断していただけに、さらに距離が掴めなくなり、雅は焦った。

 判らないなりに、二挺にちょうのレーザーガンで近づけさせようとするも、一発も当たらないどころか、速度を落とさせることさえ出来ず、目の前に。

 更に停止することなく、直前で回転しながら人型に戻ると、その流れに逆らうことなく、背にしたバスタードソードを抜き、斬り掛かって来た。


「不味い!」


 一旦、距離をおこうと戦闘機に変形して、この場から離脱しようとしたのだが、刀真に投げられたバスタードソードがコックピットに刺さり、最初の対戦は7秒で呆気なく終了した。


 撃墜と同時に、刀真側のモニタに『MIYABIから通信許可申請が来ています』というメッセージウインドウが現れ、刀真は許可のボタンを押す。


「どうした?」


「済みません、選ぶなと言われてたのに……」


「気にするな。試したくなる気持ちは解るし、試すことも経験の内だ、謝る必要なんて無い。ただ、一回目で選ぶとは、思わなかったがな」


 そう言って笑う刀真に、雅は恥ずかしそうに頭を掻きながら「では、1分後に」と言って、ビデオ回線を落とした。


「1分後? 次のエリアは、既に決まってるってことだな。となると、おそらく……」


 刀真は、自分の予想が当たるかどうかを楽しむために、まぶたを閉じた。



「雅、次、どうするの?」


「カイロにするわ」


「なるほど、レーダーの使えない場所なら、確かに……そうなると、私の出る幕は無いわね」


「ごめん、でも、20秒逃げ切ってみせる!」


「頑張って!」


 エリア選択の通知を受けた刀真が瞼を開くと、予想通りのエリア名が目に飛び込んできた。


「やはり、カイロか。浅はかだな」


 カイロの空が赤く染まり、カウントダウンが始まる。


「レーダーが映らないのは、俺だけじゃないだろ? 第一、サバイバルゲーム用のツールがないから、北川(オペレーター)も使えない。自分が不利になっていることに、気づかないのか?」


 0と同時に、今度は雅が戦闘機に変形させると、低空飛行でカイロの街を縫うように飛び去った。


「逃げの一手とはな……」


 刀真も戦闘機に変形し、雅を追いつつ、上空へ。

 再び、人型に戻って、上空から雅を狙う。

 刀真の放つレーザーは、雅の機体をかすめつつも、撃墜までは至らない。


「注意を払うべきは、上からの射撃のみ! いける! これなら、20秒の壁を突破できる!」


 そう確信していた雅に、刀真の怒りの鉄槌てっついが下される。


「しまった! 行き止まり!」


 そう、刀真が撃っていたレーザーは、当てるためものではなく、この袋小路に追い込むためのものだった。


「お前は、そうやって逃げ回って、21秒後に撃墜されたら、それで満足なのかーッ!」


 そう叫んで投げられたバスタードソードが落雷の如く、背後に突き刺さり、雅は行き場を失う。

 最早、空から降ってくるレーザーを受けとめるしか無く、撃墜される。


 流石に少し注意した方が良いかと思っていた刀真だったが、雅の「10分ください」の言葉で、止めることにした。


「ようやく、真剣に考える気になったか」



「雅、今の18秒よ! 今の作戦で、イケるんじゃない?」


「ううん。ダメ、きっと次は、5秒と持たない」


「え?」


「間違いなく、わざと泳がされた。たぶん、そうすることによって、逃げるという選択肢が間違っているって、教えたかったのよ」


「そうなると、どうする? まともにやっても、勝てる相手じゃ……そうよ、雅! そうだった! なんでこんな簡単なことに、気づかなかったのよ!」


「どうしたの? 何に気づいたの?」


「私たちは、20秒を気にし過ぎて、この特訓の意味を忘れてた!」


「特訓の意味?」


「そうよ、貴女を強くする特訓なのよ! 逃げてどうすんのよ! それに、そもそも虎塚に対して、どうこう考えることすら、間違ってたんだわ!」


「そうよね……無敗のサーベルタイガーに、小手先の作戦なんて、通用する訳なかったんだ……」


「雅の最善な選択こそが、今、やるべきことなのよ!」


「そうね、その通りだわ。ありがとう、紗奈。貴女がオペレーターで良かったわ」


「行こう、二人で。勝てないまでも、正面から堂々と戦いましょう」


「うん。一つでも多く、特訓の成果を得るために」


「雅、エリアは何処にする?」


「紗奈、お願い、東京タワーを選んで」


「了解」


 あえて東京タワーを選んだのは、自分もサーベルタイガー討伐イベントに参加したかったからで、今、それを取り戻そうとしていた。


 あの時、参加したかったのは、1億が欲しかった訳じゃない!

 圧倒的に強いと言われた人と、勝負がしてみたかったのよ!

 そうよ、紗奈の言う通りだわ!

 20秒、耐えるんじゃない!

 20秒、逃げるんでもない!

 20秒なんて、もうどうだっていい!

 5秒で墜とされたって構わない!

 今よりも、強くなるために!

 一歩でも、前へ進む!

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