第90話「特訓」

 雅は、スカルドラゴンにリベンジするために飛鳥と紗奈の三人でおこなった、横浜合宿を思い出していた。


 あの時、飛鳥に操ってもらって、GTX1800の限界を見たと思っていたけど、先生の操るこれも、別の限界を見ている感じがする。


 あぁ、でも、これで5%削られてるのよね……、

 本当に、5%削られてない飛鳥と勝負になるのかな?


 飛鳥が操ったそれは、敵にガンガン近づいて行き、もちろん、相手の攻撃を避けもするが、その動きは必要最小限でカウンターを取りに行くといった、超好戦的なプレイスタイル。

 一方、刀真が操るスタイルは、基本、付かず離れず、まるで敵と自分の間に124mの透明な壁でもあるかのような正確さを保ちながら、時折、その範囲内に敵が入ったと思ったら、その相手の攻撃を避けると、そこには別の敵が居て、その攻撃が当たるという、まるで手品でも見ているような、不思議な光景だった。


 何もしていないのに、周りが勝手に墜ちてゆく……

 なんなのコレ?

 それにしても、気持ち悪い……


 1セット、10分プレイの休憩5分で、それを20回繰り返した。

 初日は、吐き気に耐え切れず、特訓が終わると、夕飯も食べずに寝込んでしまう。


 今度は、紗奈が雅に肩を貸し、部屋まで連れて行った。

 ベッドで横になる雅に、紗奈が声を掛ける。


「大丈夫? 雅?」


「うん大丈夫……とはいえないか、まだ気持ち悪い。紗奈は、大丈夫なの?」


「操縦画面を観ていた訳じゃないから、オペレーター画面で3D酔いすることはないわ。それより、雅、やっていけそう?」


「やるしかないわよ。スカルドラゴンを二人で倒すんだもの」


「そうね、私も頑張らないと!」


 その言葉で、少し元気を取り戻し、笑顔で頷く雅。


「虎塚……やっぱり凄かった」


「飛鳥ちゃんとは、違う感じ?」


「うん。きっと、あれでもアタシ用に落とした動きなんだろうけど、それでも、別次元だった」


「そっかー」


「でもね、絶対、モノにしてみせる!」


「そうよ、その意気よ! 私も負けない!」



 翌日、特訓2日目。

 第11セット目、ようやく雅が慣れ始める。


「あれ? もう、気持ち悪くないかな?」


 少し余裕が出たこともあって、雅はヘッドセットに手をやると、オペレーターである刀真に話し掛けた。


「先生?」


「なんだ?」


「攻撃しませんから、銃でロックオンしてもいいですか?」


「構わんが……それって、舐めプだぞ」


 舐めプとは、ゲーム対戦において、格下の相手に対し手加減してプレイする、つまり、相手を舐めたプレイを意味する。


「晒されますかね?」


「かもしれんな。だが、すでに晒されてる可能性が高いと思うぞ」


「え!?」


「此処へ来てからずっと、同国ペナルティー無視して、撃墜しまくったろ?」


「あぁ……なら、どの道ですね」


 そう言って笑うと、雅は両手に持った銃で、次々にロックオンしていく。


 今のは、墜ちたかな?

 今のは、逃げられたか?


 段々と集中力が高まり、ヘッドセットで通信されていることを忘れ、頭の中の声がつい口に出る。


「墜ちたか?」


「今のは、墜ちたな」


「あ……」


 無意識だったのかと、雅を軽く笑ったあと、刀真はそれを手伝うことを提案する。


「なんらな、墜ちてないヤツを数えようか?」


「え? 墜ちたヤツでなくて?」


「墜ちてない方が少ないからな。それとも、後で感想戦にするのでも構わんが……」


「じゃ、感想戦の方でお願いします」


「了解」


「あのー、私も後で感想戦を」


「え? それの?」


「はい」


 刀真が言った『それ』とは、初日は小まめにメモを取っていた紗奈であったが、書く手が追いつかなかったことから、今は虎塚の許可を得て、スマートフォンで動画を撮影しており、つまりは、その動画を見ながら、あれこれと質問しようと考えていたのだった。


 第11セット目が終了し、5分の休憩のあと、感想戦を行う。


「墜とせなかったと思われる機体は、コイツとコイツ、それから、コイツ、あと、コイツのは腰に当たってるから、撃墜とまでは言えそうにないな、追い撃ちすれば話は別だがな」


 10分プレイで、ロックオン数192機中、撃墜できなかった数は僅かに17機だった。


「どうだ、距離は掴めそうか?」


「そうですね、ようやく吐き気から解放されたので……ただ、画面に映っている前方、上下左右の120度くらいまでは、なんとなくやれそうなんですが、それ以外の範囲、特に後方は、全くダメですね」


「そうか、思ったより、イケそうだな」


「やれそうであって、出来るとは言ってませんよ」


「解ってるよ。だが、予想では……今のお前なら、前方限定で誤差20m以内に保てそうな気がするんだがな。よし、やってみるか?」


「え? もうですか?」


「失敗しても構わん。あと、150m以内の敵への攻撃も許可する。北川、待たせたな、ようやく出番だ」


「はい」


「前方は無視して、後方240度、180mから400m以内の敵を警告してやれ」


「東儀、レーダーの最大値を180mに。それ以遠は、北川に任せろ」


「はい」


 雅は、慣れないプレイスタイルに苦労しながらも、その後、予定よりオーバーして30セットをこなし、着実にそれをモノにしつつあった。

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