第86話「報われない努力」

「これが入れば、高校に行っても続ける」


 そう言って、3Pラインの外から放たれたボールは、リングの内側に当たり、上へと跳ねる。

 そのままボールが落ちて、中に入るかと思われたが、再び、リングの内側に当たって、明後日の方向に飛んで行った。

 それはまるで、神様に「バスケと違う道を選びなさい」と言われているような感じがした。

 静まり返った体育館に、ボールの跳ねる音だけが響く。


「やっぱりね」


 そう呟いてボールを直し、つむぎは体育館を、いや、バスケットボールから去った。



 入部当初は、同学年の中で誰よりも巧く、飲み込みも早い方であったため、顧問や先輩から「期待の新人」と呼ばれた。

 自分もそのつもりで練習に励み、レギュラーを目指すべく、必死で努力した。

 しかし、1年が過ぎ、2年になってもレギュラーに選ばれることはなかった。

 それは、彼女に一つだけ足りないものが在ったからだ。


「身長さえあれば……」


 背なんて、みんな同じように伸びて行くものだと思っていた。


「きっと、みんなよりも成長が少し遅れているだけ!」


 いつも自分に、そう言い聞かせた。

 早くみんなに追いつくように、一日に2Lの牛乳を飲み、背が高くなるというものなら、何でも試した。

 しかし、その背は一向に伸びること知らず、日に日にその差は広がって行く。

 部活での光景は、まるで小さい子供が「ボールを返せ!」と、大人に飛びついてるような印象を与えた。


 ならば、身長が低くても、誰よりも高く飛ぼうとトレーニングに励んだがネットに触れるのがやっとで、また小柄であることから、体格による当たり負けをしてしまい、全く勝負にならない。

 かといって、当たり負けしないように体重を増やせば、スピードを殺してしまうことになる。

 それでも、いつか背が伸びることを信じて、努力し続けた。

 紬が、ようやく公式の試合に出れるようになったのは、3年最後の試合の第4ピリオドだった。


 アタシは、このたった8分の為に、三年間も努力してきたのか……、

 しかも、奪い取ったのではなく、最後のお情けで与えられた席にのために……。

 もうこれで、トレーニングをしなくていいんだ。

 もうこれで、牛乳飲まなくていいんだ。

 もうこれで……



 高校受験も終わり、中学時代にやれなかったことを春休みで取り返そうと、同じクラスだった美羽を誘って、買い物やスイーツ巡り、ゲームセンターや遊園地など、楽しむことで無駄にした努力を忘れることが出来た。


「浦島太郎って、こんな気分だったのかな?」


 紬の時の刻みは3年前で止まっていたため、瞳に映る世界は別物だった。

 新しく出来た店や無くなった店、巨大なショッピングモール、新食感のスイーツ、そして、技術が進んだCG映画やゲーム。

 そんな頃に、紬はGTWと出会った。


「え? こんなに広いのに、このゲーム一種類しかないの!? えーッ! 6時間も待つの!?」


「予約を先にしていただければ、並ぶ必要はありませんし、お持ちのスマートフォンに専用アプリをダウンロードしていただければ、待つのは敷地内でなくても、待ち時間を把握することが出来ますよ」


「来なかった場合は、どうなるんですか?」


「キャンセル扱いになります。それによるペナルティは御座いません。ただし、1秒でも遅刻されますとキャンセル扱いになりますので、お気をつけください」


「遅れそうと連絡を入れた場合は?」


「それでも、キャンセル扱いになり、再予約された場合におきましても、最後尾に回されます」


「え? トイレでも?」


「トイレでもです。先に、お済ませください。体調不良であったり、飲酒された場合におきましても、お断りさせていただいております」


 体調不良は万が一に備えて、飲酒は嘔吐おうとすることによって、その筐体が暫くの間、使用できなくなるからだ。

 この場合、対戦に負けた事で台を叩く、所謂いわゆる『台パン』と同様に、罰金が課せられる。

 ちなみに、シリアル筐体での飲酒および薬物の使用(国による)は、個人の自由であるが、操作以外での修理が発生した場合、自己負担となっていた。


「どうする? 美羽」


「う~ん? キャンセルしても良いのなら、予約だけしておいても良いんじゃない?」


「そうね、そんだけ人気なら、ちょっとやってもみたいし、それじゃ……」と言ったところで、後ろから声を掛けられる。


「安西さん!」


「あ、紗奈先輩! 先輩もゲームしに来たんですか?」


「いいえ、貴女を探しに来たの。お母さんから、今日は、此処に来ているって聞いてね」


「へ?」


「貴女、桃李に受かったでしょ?」


「はい」


「えっと、そっちの貴方も桃李?」


「はい、それが何か?」


「貴女たちに、お願いがあるの」


「お願い?」


「桃李に入ったら、私たちが4月から作る倶楽部に入って欲しいの」


「すみません、高校で部活はしないでおこうかと……」


「大丈夫、名ばかりの幽霊部員でもいいの」


「え?」


「人数が足らないのよ。桃李は部活必須だから、部活しないのなら貴女にとっても、ウチの方が良いんじゃない?」


 雅も紗奈も、現状では、それぞれ別の部に所属している。

 それは5人集まらなければ、部として設立できないからだ。

 学校の方針で入部が必須であることから、在校生での転部は期待できない。

 しかし、新一年生の歓迎会で、入部案内をしたいところだが、その時までに部として出来ていなければ、参加することが許されない。

 そこで紗奈は、すでに合格していると聞いた中学時代の後輩を当たっていたのである。


「そうですね、そういうことなら……ところで、何の部なんです?」


「ゲーム部よ」


「ゲーム部?」


「そう、今、貴女たちが予約しようとしている、このゲームの部なの」


「はい?」


 だが、オペレーターをすると給与を得られると知って、学費の高い学校を選んでしまったことを親に申し訳なく思っていた紬は、喜んで参加することになる。



 アメリカ合宿の六日目を終えた紬は、迷っていた。


「ドライバーか……楽しいけど、アタシには才能が無い。報われない努力はしたくない……けど、楽しいな、ドライバー」

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