第85話「実力テスト」

 640位内のプロには、専用筐体があるため、24時間無制限でプレイが出来る。

 とはいえ、24時間休まずプレイし続ける者など居ないのだが、それでもその平均プレイ時間は、凡そ6時間と極めて長いものだった。


 桃李ゲーム部員たちがアメリカで合宿するようになって、既に合宿期間の半数が過ぎた六日目。


 アメリカに着てから、プロではない紗奈さなたちに合わせて、一日30分のプレイ制限を掛けてしまっていたことから、どうしても、その時間的な差がついてしまい、余程、カイロのようなランキング上位者の多い戦場で勝利をおさめない限り、みやび飛鳥あすかのランクが急激に上がることはなかった。


 元々、順位の低かった南城紬なんじょうつむぎ安西美羽あんざいみう北川紗奈きたがわさなの三名は、それぞれ、243万0273位、222万7340位、52万9067位と大きく順位を上げた一方、プロである東儀姉妹は、上位になればなるほど、その歩みは遅くなるため、メインで闘っている筈の東儀飛鳥とうぎあすかで296位、東儀雅とうぎみやびに至っては、逆に下がって92位まで落ちていた。

 しかし、雅はこの合宿で、200位まで落ちることを覚悟していたので、五日間で100位以内に留まっていられている時点で、及第点と言えた。

 妹の飛鳥は飛鳥で『いつでも上げれる』自信があったため、牛歩のようなランクアップを気にめる様子はなかった。



「さて、合宿も半分を過ぎたが、南城、安西、プレイしてみてどうだ?」


 感想戦も終えところで、顧問である刀真が新人二人に、ドライバーとしての感想を尋ねた。


「楽しめましたけど……」


「けど?」


「それは、先輩や飛鳥が居るからかなぁって思いました」


 紬の発言に、美羽も同意する。


「アタシもです。もし、先輩や飛鳥ちゃんが居なかったら、楽しいと感じる前に、ゲームオーバーになっていたような気がします」


 そんな控え目な二人を、ラルフがフォローする。


「そう思えるのは、一種の才能と言える」


「才能って言うほどのモンなんですか?」


「自分を正しく客観的に見れるのは、十分、才能と呼べるんだよ、紬。割りと気づかない者が多くてね、特にMMO(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン)なんかでよくあるんだが、上手い集団に混ざると、つい自分も上手いんじゃないかと勘違いしてしまう者が結構多いんだよ。そして、困ったことに、自分は上手いと思ってるから、そこから成長しない傾向にある」


「自分の実力を解ってはいても、努力は怠るかもしれませんよ」と紬が笑うと、ラルフはその性格をいち早く察知する。


 さては、紬は努力してる姿を見せるのが、恥ずかしいと思うタイプの人間のようだな。


 そして、その性格に合った解答に切り替える。


「それはそれで構わない。本来、ゲームってのは、楽しむモンだ。その努力すらも楽しめないようなら、やらない方がいい。続ければ、いつか嫌になる。本来、楽しみ方っていうモンは、人それぞれ在っていいんだよ」


 一転して真逆の答えを出したラルフに、思わず、突っ込むように聞き返す。


「え!? でも、それだと、今さっき言ってた成長は……」


「成長したくなったら、改めて、コイツを頼ればいいだけだ」と言って、刀真の背中を叩いた。


 紬の方も、ラルフの出した答えに引っ掛かりはするものの、努力を強要されている訳でもないし、やりたくなったら顧問に言えばいいのかと「あ、はい」と返事するしかなかった。


 紬のようなタイプの人間は、下手にあれこれ言うと、辞める選択をしてしまうことが多い。

 だが、こいうタイプに限って、一度、火が着くと、誰よりも陰で努力するんだ。

 問題は、自分の才能の天井が見えた時に、どうするかなんだが……、

 そいつは、顧問(刀真)に任せるとしようか。


「じゃ、本当に正しく客観的に見れているのか、それとも、自分を過小評価してるのか、今日は確かめてみようじゃないか」


 こうして、今日も今日とて4階の一般筐体へ足を運んだのだが、昨日までと打って変わって、紬と美羽の実力を見るために、刀真は違うエリアを選択するよう指示を出した。

 一方、既に実力が明らかなプロの雅や飛鳥、そして、経験者である紗奈は、同じエリアで自由にプレイする事に。



「さてさて、何処を選ぶべきか……部長たちは、ニューヨークだから北米を選んじゃダメなのよね。まぁ、プロが多過ぎて、そもそも選ばないんだけどさ。ど・こ・に・し・よ・う・か・な?」


 紬が迷っている中、美羽が先にエリアを選択する。


「美羽は、東京かぁ。あ、しまった! その手が有ったか! そうだよ、そうなんだよ、住んでる場所の方が土地勘あって有利じゃん! やられたね、やっぱアンタ才能あるわ。さて、困ったなぁ。そうなると、アタシは東京を選べなくなるから……やったことある場所で、上海かな」


 早速、ログインしようとしたのだが、ボタンを押す左手を右手で弾いた。


「いやいや、素人のアタシが何の策も無しに、飛び出しちゃダメでしょーが!」


 顎に手をやり、顧問である刀真の言葉や、このGTWに関わってきた人たちの言葉を思い出そうとする。


「どうする? どうすればいい?」


 そんな時、脳裏にジム・アレンの言葉が浮かぶ。


 ――ドライバーが多い戦場にログインして、無敵時間中に乱射すれば5機くらい落とせるだろ?


「そうだ! 此処は新宿のような待ち時間が無いんだから、無敵の間だけ戦って、わざと死んでを繰り返せば、ランクが恐ろしいほどに跳ね上がる! もう一度、美羽を抜けるかもしれない!」と思ったのも束の間、紬は首を大きく振って、その案を無かったことにする。


「ダメだよ、それってただセコイだけだし、実力見るって言われてんだから、普通にプレイしないと!」


「あぁ~ん、どうしよう? そうだ! アタシの適正距離って、どのくらいなんだろ? しまったな、虎塚に聞いとけばよかったよ。よし、雅先輩の3倍で372mだから、キリ良く400mで行ってみよう!」


 セコイと口にしたものの「真面目にやるから、これはボーナスってことで!」とばかりに、無敵時間中を利用して、なんとかプロを2機、アマを4機、計6機撃ち墜とした。


「よし、時間だ、400m離れ……え!? ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよぉーッ!!」


 これは戦争ゲームで、紬の都合に合わせて待ってくれる者など、誰一人として居る筈も無く、多方面からせまられ、コッチと距離を取ればアッチが、アッチと距離を取ればコッチがと、まともに距離を測ることが出来ないし、そもそも、周りの機体が多過ぎてレーダーを見る余裕がない。


「た、確かに、オペレーターって、必要だわ!」


 逃げ慣れてない所為もあって、まるで小学生が鬼ごっこで遊具を盾にするように、幾つかのビルを盾にしながら、その周りをクルクルと逃げ回り続けた。

 だが、そんな逃げ方は予測され易く、プレイ時間2分17秒の所で、呆気なく一回目が終了する。


 紬は筐体の中、一人で感想戦を行う。


「無敵だからって、ギリギリまで混戦の中に居たのがイケなかったんだわ。残り……10秒は勿体無いから、5秒で離脱して、戦場の中心から1kmほど離れた場所から、狙撃してみよう」


 再び、意気揚々と戦場に戻るも、今度は1分47秒で、待ち構えていたスナイパーに狙撃され、終了。

 すると紬は、まるで体育会系のように、両手で頬を張り、自分のやるべきことを口にする。


「よーし、離脱したら、しっかり、レーダー見てこう!」


 同じ作戦で、三度目の上海に向かったが、今度は1分52秒で狙撃を受け、撃墜される。

 ゲームオーバー画面を見ながら、紬は自分のオデコを軽く叩いて、よく考えなかったことを反省する。


「そうだよぉ~、狙撃してるヤツって、きっとオペレーター居るプロだよ。だから、コッチのレーダーに映る前に、ヤラレてんじゃないの?」


 そうと解れば、どうすればいいかと考えてみたものの「解らん!」と叫んだ後「よし、ここは思い切って、戦場を変えてみよう!」と、角度の違った対処法を選ぶのだった。


 今度は、合宿の行った場所の中から、一番プロの少ないドイツを選び、現状を嘆く。


「全く……最初に考えたセコイ作戦っぽくなってしまってるのが、ムカつくわ」


 いつもなら、ここまでダメだと投げ出してしまう紬なのだが、不思議とそんな考えは浮かばなかった。

 その後も、6回撃墜され、悔しさも当然あったのだが、それよりも、ゲームの楽しさの方がまさっていた。


「ドライバーか……」


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