第87話「戦場に降り立った、蒼き死神」

 高鳴る鼓動は、今から出撃することへの興奮なのか、それとも緊張のためなのか、或いはその両方か、それはドライバー本人にも判らなかった。

 少し息遣いが荒いドライバーを気遣って、オペレーターが声を掛ける。


「いよいよ、ソロデビューね」


「あぁ~、なんだか緊張する~」


 そう言ってドライバーは、両手をいっぱいに伸ばすと、次に両肩を回し、体をほぐしながら、その緊張する心も解そうとしていた。


「落ち着いて、貴女なら出来るわ」


 まるで自己暗示を掛けるように、オペレーターの発言を復唱する。


「うん、アタシなら出来る!」


「まずは、エリア選択からね。何処が良いと思う?」


「アンタのことだから、もう決めてんでしょ?」


「じゃ、私が何処に決めたと思う?」


「東京。土地勘があるからよ」


「ご明察。でも、ログインする前に、ちょっと準備をさせて」


「なに?」


「先にモードを切り替えておくのよ」


 そう言ってオペレーターは、ドライバー側のレーダーとモニタのモードを切り替えた。

 GTWは、実寸大の地球を舞台にした戦争ゲームで、大陸を32のワークスチームで分け、その覇権を争うゲームだ。

 通常のモードの場合、モニタ上での自国(味方)と他国(敵)の違いは、それぞれの機体の周囲に在る情報枠にアイコンで表示されていて、また、レーダーの方はというと、ランクによるカラーリングになっているため、自他国の区別がつかないようになっていた。

 今、オペレーターが変更を行ったドライバー側のモード切り替えは、モニタやレーダーに映る自国の機体を青に、他国の機体を赤く染めるもので、これによって、相手のカラーリングであったり、ステッカーなどは見えなくなるが、一瞬で敵か味方かを判断できるようになるのである。


 毎日欠かさず行ってきた、一日30分のGTWの勉強が成果として、ここに現れたといえる。


「無敵時間の20秒が有るからといって、敵の集団に飛び込むのは無謀だわ」


「その後が上手く続かないって、言いたいんでしょ?」


「そう。それよりも、その20秒を使って、味方へと近づき、連携を取った方が有効と言えるわ」


 本来、同国の機体を狙う者は居ない。

 なぜなら、同国機を墜とせば、ランクポイントが減算されるからだ。

 また、システムとして同国機体を撃墜出来る『裏切り』が実装されているものの、プレイヤーのほとんどは、その行為を『マナー違反』と考えており、ヨハンのように『例え、同国機体を巻き込んでも、得られるポイントの方が多ければ、お構い無し』とする常習者は当然のように嫌われ、ネット掲示板などに晒されている。

 その常習者の中でも、特にシリアルキラー(飛鳥)は、その名に相応しい行動をしており、強い者ならば敵味方関係なく闘いを挑んでくる『サイコパスな連続殺人犯』として、有名になっていた。


「さぁ、行きましょう、伝説の始まりよ!」


 再び、ドライバーは大きく深呼吸すると、戦いの舞台となる新宿へ、専用の蒼い機体でダイブする。


「Miu《みう》、GTX1800、出る!」


 オペレータは、戦場を見渡し、ドライバーのMiuに指示を送る。


「Miu、都庁を拠点にして、公園で戦っている味方の援護を」


「了解!」


 Miuは、都庁のヘリポートに降り立ち、敵から狙われないように寝そべると、目前の新宿中央公園で展開されている戦闘での味方を援護すべく、射撃を開始する。


「一撃で仕留めようと思わないで、当てる、もしくは、気をらさせることに集中して!」


「解ってるって!」


 無論、撃墜できるに越したことはないが、それよりも、敵に自分が狙われていることを気づかせ、それによって注意が削がれ、一瞬の隙を生む、そこへ接近戦をしている味方がその隙を突いて攻撃する。

 そんな『味方に優位な状況を作り出す』戦い方を心掛けた。


 これでは、撃墜によるポイントが貯まらないのだが、実はGTWのランクポイントの計算方法には、撃墜ポイントの他に、貢献というポイントも存在している。


 例題)

 此処に、AとBとCが居たとしよう。

 ランクの順位をC>A>Bとし

 BがAを100%のダメージを与えて撃墜した時の

 Bが得られるポイントが50

 CがAを100%のダメージを与えて撃墜した時の

 Cが得られるポイントが30

 だったと仮定する時。

 そのAの体力をBが30%ダメージを与え、Cが70%ダメージを与えて、撃墜した場合。

 それぞれのレーティング式から導き出された答えに、そのダメージの割合を掛けると得られるポイントが導き出される。

 つまり、

 Bは、50×0.3=15ポイント

 Cは、30×0.7=21ポイントが与えられるのだ。

 ただし、ダメージを与えただけで撃墜できなかった場合は、加算されない。


 新宿中央公園の殲滅が終わると、味方からMiuへ、次から次へとメッセージが飛んできた。


「良い援護だった」「ナイス、カバー!」「援護、ありがとう」


 そんなメッセージをくれた者たちへ、Miuはコンタクトを取る。


「みんな、このまま固まって移動しよう!」


「了解!」「いいね、そうしよう!」


「安心して、アタシが援護するから、前線の人たちは思いっきり戦って!」


「ありがとう、助かる!」「OK、アンタに背中は任せたぜ!」


 こうしてMiuは、戦場を渡り歩いては、援護活動を繰り返し、その撃墜数こそ少ないものの、細かく貢献ポイントを重ねていき、自らは撃墜されること無く、無事に30分を終了させる。


 まるでパイロットがヘルメットを脱ぐように、ヘッドセットを外し、首を振って長い髪を揺らすと、ポケットに入れていたヘアゴムを取り出して、髪を後ろで結ぶと、その髪をクルクルと回して、別のゴムで団子状にまとめた。


 これが後に『蒼き死神』と呼ばれることとなる少女のソロデビュー戦であった。


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 さて、ここで補足しておかなければなるまい!


 美羽は、ヘッドセットを常識で考えられる使用方法として用いておらず、本来するべき会話はおろか、その電源すら入っていないのだ。


 読者の皆さまは、既にお気づきであろう。

 この物語は、安西美羽あんざいみうの一人芝居なのである。


 ゲームをプレイしたことや、物語内でのランクポイントなどの解説は真実であるものの、オペレーターとの会話や、次々やってきたという「ありがとう」のメッセージも、その他のプレイヤーと交わした会話も、物語の一行目『高鳴る鼓動は』から『ソロデビュー戦であった』に至るまでのナレーションも、この物語のタイトルでさえも、彼女の脳内で繰り広げられた舞台『戦場に降り立った、蒼き死神』なのである。

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