第82話「GTX1000」

 ――サーベルタイガーは、ただの一度も、墜とされたことも無ければ、被弾したことさえ無いのよ。



 インベイド社の試作機完成の翌年、2023年夏。


「デカイデカイとは聞いてたけど、こいつはまた、筐体というより小屋、いや、家って言っても過言じゃねーな」


 その巨大な筐体は、縦横の長さが12m、高さが3mもあり、筐体というよりも建築物と呼ぶに相応ふさわしい姿をしていた。

 インベイドの副社長である虎塚こづか帯牙たいがの住む家は、その肩書きに見合った資産であるものの、一人で住む家としては、通常では考えられないほどの大きさで、なんとマンション丸々一棟を自宅にしていたのである。

 しかし、幾つか分かれた部屋を誰かに貸している訳ではなく、その部屋一つ一つが、彼の趣味別の部屋、いや、倉庫になっていた。

 アニメの部屋、プラモデルの部屋、レトロゲームの部屋と多岐に及び、特に漫画の部屋と秘密アダルトの部屋は5つも在り、さらに増えようとしていた。

 そんな彼の家でさえ、この筐体は、庭に置くしかない大きさだった。


 その巨大な建築物の中へ、この家のあるじの甥である刀真が乗り込むと、その中の光景は、まるでアニメに出てくるようなコックピットだった。

 座席の前には、操縦桿そうじゅうかんが在り、右脇にはキーボード、足元には5つのフットペダル、そして、前面の壁には、横200度、縦120度の球体を切ったような湾曲した巨大モニタが、壁一面に収まっていた。


「どうだ? 早速、やってみるか?」


 叔父の問い掛けに無言で頷き、早速、機体選びから始める。


「そういえば……この前、俺が申請を出した機体、どうなった?」


「早速、乗るのか?」


「あぁ、自分で作って申請出したんだ、折角だから最初はね」


「一応、通ったには通ったが、まだ仮だ」


「仮?」


「お前、アレ、本当に乗れるのか?」


「叔父さん、乗ったの?」


「乗ったというべきか? 乗れなかったというべきか……加速したら、ビルにバーンってな……」


「え? 叔父さんでも、乗れなかったの?」


「ラルフのヤツも、お前がフライトシミュレーターで、ラプター(F-22)に乗れてなかったら、却下してたって言ってたぞ」


「ラルフも乗れなかったってことか……」


「あぁ、俺と似たようなモンだった。基本的に、申請したヤツが乗りこなせるか、誰か他に乗りこなせるかだからな。ということで、今日、お前がテストで乗れなかったら、却下される予定だ」


「え? ということは、ルイスも?」


「ルイスは……乗れてはいた」


「引っ掛かる物言いだね?」


「本人曰く、操れてはいないそうだ」


「へぇ~。そんじゃ、いっちょ、この機体を合格させてみせますか」


 そう言って飛び出した刀真であったが、20秒ほどして、ログアウトする。


「どうした? やっぱり、速過ぎたのか?」


「いや、もう少し速く調整してみる」


「はぁ? マジで言ってんのか?」


「マジだよ」


 そう言うと、刀真は調整用のPCに向かい、ポチポチと打ち始めたかと思うと、何か気になったようで、少し首を傾げた後、振り返って叔父に質問する。


「確か、このゲームってさぁ……空気抵抗は受けるけど、それで機体が破損することはないんだよね?」


「あぁ、そんなことしたら、ほぼ全ての変形タイプがアウトになるからな。だが、障害物や地面にはあるぞ」


「ビルにバーンって?」


「そ・う・だ・よ!」


「例えばさぁ、最高速度で移動中に、剣で敵を斬ったら、剣を持ってた自分の腕も、吹っ飛んだりする?」


「あぁ、それも例外扱いで、破損はしない。ただし、剣同士が当たった際の反動や、剣の耐久値は削られる。場合によっては、剣が折れることもある。勿論、それが剣でなく、腕によるラリアットや蹴った場合は、破損するからな。で、何をする気だ?」


「装甲を削って、軽くする」


「おいおい、ただでさえ薄いんだぞ。それ以上やったら、マシンガンでも2、3発で墜ちるぞ」


「当たらなければ、いいんだろ?」


「ほぉ、言ってくれるじゃねーか」


 幾ら、お前の反射神経が良くても、こいつはタイマンの格ゲー(格闘ゲーム)とは違うんだ。

 組織での戦術を、一人で崩せるとは思えんし、まして、ウチのメンバーも数名確認している。

 そして、予測不能な見境無く乱射するヤツだって居るんだ。

 今日、初めて触った初心者が生き残れるような、生温なまぬるいゲームじゃないことを知るだろうよ。


 だが、帯牙の予想に反して、出撃した刀真を墜とす者、いや、それどころか、被弾させる者さえ現れることなく、たった15分の出撃で、ログインしたエリアの全機体が、たった一人によって墜とされた。


 俺のチームに、何もさせんとはな。

 飛んだ化物に、成りやがって。



「これがサーベルタイガー、最初の出撃よ」


 録画データがコックピット視点であった為、観ていた殆どの者が、その速さに目を回し、気分を悪くする中、飛鳥だけはジッと画面を見つめていた。

 雅は、そんな妹に気づくも、声が掛けられなかった。

 ゲームに関しては、いつも五月蝿い妹が、暗くなってからも、ただ黙って画面を見つめ続けていたからだった。

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