第81話「それでも大赤字」

「もしかして、ここは開発室ですか?」


 部署へ入るなり、紗奈さなが目を輝かせながらラルフに尋ねた。

 なぜなら、社員たちがパソコンに向き合って、あわただしく作業していたからだ。


「残念ながら、開発室じゃないよ。ここはね、データ解析室なんだ」


「データ解析? バグを見つけるためのですか?」


「確かに、データ解析からバグが見つかることも有るには有るが、主に人の流れを見ているんだ」


「人の流れ?」


「あぁ、どの国の人が、どのエリアにログインし、どれだけの数がそこに居るとかね」


「戦場ランキングとかを作る予定なんですか?」


「いいや、違うよ。人数を調べることによって、そこに在る看板の価値が変わるのさ」


「看板の価値?」


 GTW内の看板料金は、その大小問わず月額30万EN《えん》からスタートするオークション形式で行われている。

 まず、広告を出したい企業は、円相場に基づいた金額でENを買い、その手持ちのENでのみで、オークションに参加することが出来る。

 ゲーム内通貨である筈のENで取り引きしているのは、ENを増やす目的と、プロゲーマーであったり、インベイド社およびゴーゴル社の社員たちの給与がENであるため、その者たちが換金できるように各国の通貨をプール(蓄え)しているのだ。

 もちろん、余ったENを再び円相場に基づいて換金することも可能であるが、こうした一手間を掛けさせることによって、カジノでのチップのようにお金としての感覚を鈍らせる効果も期待できるのである。

 それによって、現実世界にあるタイムズスクエアの金額には及ばないものの、かなりの高額看板が幾つも生まれ、また、過疎地の看板でも、誕生日などのお祝いメッセージやプロポーズに使いたいなど、個人による契約も現れ、サービス開始から半年待たずして、広告収入のみで運営の見通しがついた。


「あれ? 結構、儲かってるように思えるんですが、なんでまだ大赤字なんですか?」


 先日のシナン・ムスタファーが言った「それがまだ、大赤字なんだよ」という発言を受けての質問だった。


つむぎ……君はホント、お金の質問が好きだね」


「どうも、気になるもんでして」


「知っての通り、筐体はレンタルと言っちゃーいるが、一円も取ってはいない。寧ろプロには、金を払っているくらいだ。つまり、開発費と生産、そして、筐体のアップグレードの全てが赤字で計上されることになる。筐体は現在、全世界で1万7000台を超えた辺りで、今後予定しているプロ、3万2000人に対応するには……あ!」


「もう既に、トーマが言ったらしいから、気にすること無いわよ」と、マリアから告げ口が入り、


「なんだと!」と、振り返って刀真を睨むも、


「いやいや、今、ラルフも口滑らしたんだから、50歩100歩だろ?」と返され、自らフォローする。


「まぁ、大した情報じゃないから、いいか……でも、ジムには内緒な!」とウインクするラルフに「はいはい」と返事するマリア。


「で、その今後予定している数には、まだまだ足りてないって訳だ」


 すると、ラルフのかたわらで、ぶつぶつと何やら、紗奈が計算を始める。


「確か、1台3000万円だから……1万台で3000億円!?」


「おい! その金額、どこから……さては、またお前か?」


 再び、振り返ると、刀真は両手を差し出し、言い訳を始めた。


「た、たまたま、たまたま呟いたのを、聞かれただけなんだ。わざとじゃない」


 刀真をキーッと睨んだ後「まぁいいだろう」と言って、ラルフは話しを続ける。


「今後を見据えれば、10万台は確保しなければならない。よって、残りおよそ8万台であることから、2兆4000億円は必要になる、生産するだけでな。今後、アップグレードで済む分には、1000億円程度だが、筐体サイズがまるで変わるようなバージョンアップの場合、まるまる3兆円が赤字としてし掛かる」


「ひぇぇぇぇぇ~」


「仮に、アップグレードを年に4回、筐体バージョンアップを2年に1回したとすると、その他諸々もろもろ合わせて、年間の純利益が2兆ないと運営できない計算だ」


 余りにも途方もない数字に、美羽が「大丈夫なんですか?」とラルフに尋ねた。


「心配は要らない。赤字であるとはいえ、想定より早く良い結果が得られているからね。おそらく3年以内には、黒字に転換できる筈だ」


「雅先輩、広告塔として、責任重大ですね」と揶揄からかう紬に対して「グループだったら、貴女にも、その一端いったんがあるわよ」と返したが、それに反応したの紬ではなく、飛鳥だった。


 雅の袖を引っ張り「ア、アタシは、やらないからね!」と、念を押すのだった。


「さて、お金の話はこれまでにして、ニッキー! こっちへ」


 ラルフが手を挙げて呼んだのは、眼鏡を掛けた赤茶色の巻き髪の女性だった。


「飛鳥、彼女がお前の名付け親だ」


「名付け親?」


「えーッ! この娘がシリアルキラーなの? 中学生って聞いてたけど、見た目は小学生じゃない!」


「コーコーセーです!」


「えーッ! 高校生なの!? いいわね、日本人って、若く見えるから……私の名前はニコル・パーカー、ニッキーって呼んでね」


 そう言って、手を伸ばし握手を交わすと、飛鳥を見つけたときの事を話し始めた。


「貴女を最初に見つけた時、驚いたわ。最前線で戦っているのに、撃墜されてなかったんですもん」


 飛鳥は、エヘヘと恥ずかしそうに頭を掻いた。


「最初はね、データ解析班だから、そんな筈は無いと知っているのに、サーベルタイガーがIDを変えて帰って来たのかと、みんな思ったのよ」


「IDって、絶対に変えられないんですか?」と紗奈が尋ねた。


「そう、IDは網膜で登録してるから、一人一つだし、絶対に変更なんて無理なのよ。だけどね、このの戦闘を見た時、誰もが見間違うほど、その強さを感じたのよ」


 それを聞いて、今度は雅が質問する。


「あのー、サーベルタイガーの戦闘履歴って、この前のイベントしか残ってないのは、何故なんですか?」


「それはね、テスト時代と録画形式が違うからなの」


「録画形式?」


「テスト時代は……そうねー、判り易く言えば、本当にビデオカメラで撮影したようなデータで、視点変更ができないのよ」


「それって、観れますか?」


「えぇ、此処なら観れるわよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る