第59話「ゲーム経済学」

 ヨハンのオペレーターのことだから、このまま一緒に墜落させられるかもしれない。


 そう諦めていた雅にとって、離されてから改めて『生き残る手段』について、考えることすら至らなかったあの状況で、ただ観戦していただけの虎塚が、どの段階でその答えを導いたのか気になっていた。


「私が墜落していた時、どのタイミングであの手段を思いついたんですか?」


「GTF1524が、お前を離した瞬間だ」


「え? あの一瞬で?」


「でなければ、言われなくても上昇するだろ?」


「確かに……」


「一応、物理学も教える数学教師だからな。数値を当てめて、問題を解いただけのことだよ」


 部員たち全員の口から「へぇー」と、感嘆の息が漏れる。

 それらしい答えに聞こえ、疑問を感じる者がこの場に居なかったが、刀真の本当の凄さは、落下速度や空気抵抗など、計算に必要な数値が、全て見えていたところにある。

 そう、ローレンスの第一攻撃班チーフオペレーターであるジェームズ・レナード・マクスウェルが提唱する『絶対数感』を、刀真は持っているのである。


 感心していたのも、束の間、南城紬なんじょうつむぎが或る事を思い出してボヤき出した。


「しっかし、ローレンスのトコって、先生みたいのが1000人も居るんでしょ? ズルイわー」


 刀真は笑いながら「そうだな」と同意し、心の中で「本当は、違うんだけどな」と付け足した。


「まぁ、特別会員の中でも、問題視されてるんだけどな」


「特別会員?」


「インベイド社のゲームレンタル事業を企画段階から支えた、本当にゲームが大好きな資金提供者たちだ」


「スポンサーが問題視してるのに、禁止しないんですか? ローレンスの発言が強いとか?」


「俺に、そんな権限はねーよ」


 その声に、刀真を含め全員が驚く。

 モニタを見ると、ラルフのウィンドウの隣に、新たにウィンドウが開いており、そこにはゴーゴル社CEOローレンス・ミハイロフが映っていた。

 ラルフが笑いながら「俺が呼んだ」と答える。


「刀真、優秀なヤツだと思っていたが、スパイの才能は無かったようだな」


 既に話は、付けてあるようだな……全く、心臓に悪い。


「済みません、会長」


「まぁ、いい。本来の目的はスパイではなく、本当に俺を倒したのが女子高生なのか、知りたかっただけだからな」


「確かに、あんなに検証しやすい戦闘履歴が在るなら、スパイなんて態々わざわざする必要ありませんもんね」


「その通りだ、君は?」


「貴方を倒したプレイヤーの姉で、東儀雅と言います」


「で、俺を倒したという妹は?」


「済みません、諸事情で帰しました」


「そうか、それは残念だ」


「あの~、質問いいですか?」と、少し声を震わせながら、緊張した面持ちで紗奈が手を挙げる。


「どうぞ」


北川紗奈きたがわさなと言います。質問です、ゴーゴルとインベイドで個人情報は共有しているから、貴方を倒した東儀飛鳥が、女の子なのはデータから判りましたよね?」


「あぁ、それはコイツが疑り深いからさ。かつて、サーベルタイガーはコンピュータなんだろって、怒鳴り込んできた事があったくらいだ」と代わりに、ラルフが答えた。


「IT企業のCEOである俺が言うのもなんだが、データだけを重要視するヤツは、ロクナモノを作れないと思っている。疑う物は、全て自分の目、もしくは、信頼する部下に確認させたいんだよ」


「あの~、もう飛鳥が、シリアルキラーが15歳の女の子って判った訳ですから、先生はゴーゴルに戻されるんでしょうか?」


 その質問に、思わずローレンスが硬直してしまい、慌てて刀真がそれに答える。


「残念ながら、それは無いんだ、東儀。教師として登録された以上、無責任にその職を放り出すことは出来ないし、実はな、秘密なんだが、他にも重要な仕事があるんだよ。そもそもスパイは、そのついででしかなかったんだ」


「お、おい、その辺にしとけよ」と、ローレンスが刀真の嘘に乗っかる。


 すると、その下手な芝居を見て、ラルフは腹を抱えて笑いだした。

 それに気を悪くした、ローレンスが話を戻す。


「おい、ラルフ! スポンサーが問題視してるのに、禁止しないのか?の答えが出てないぞ!」


「あぁ、すまんすまん、そうだったな。理由は、二つある。一つは、このゲームレンタル事業、公開されているとはいえ、未だ進化の途中、否、まだそれにも至っていない初期段階なんだよ。今は、色々なデータであったり、反応であったりを集め下準備をしている段階でね。その為、今は敢えてスルーしている。今後、禁止になるかもしれないし、そうならないかもしれない。そして、もう一つの方が重要でね……」


「そこから先は、俺が説明しよう」


 そう言って、新たなウィンドウが開き、スーツ姿に赤いネクタイ、金髪の白人男性が現れた。


「お嬢さんたち、始めまして。俺の名はジム・アレン。インベイド社のレンタル事業展開と、このゲーム世界の金融管理を任されている。解り易く言えば、日銀総裁みたいなものだ」


 名前は知らないが、きっと偉い人に違いないと思った部員たちは、皆、よろしくお願いしますとばかりに、黙って会釈する。


「ローレンスのオペレーターを1000人雇う行為が容認されているのは、ゲーム経済を考えた上では、有り難い行為なんだよ」


「ゲーム経済……ですか?」


「ゲーム経済とは言ったが、通常の経済と同じだと思ってもらっていい。お金は回す方が良いって、聞いたことあるだろ?」


「はい」


「つまり、ゲーム通貨ENを一般のお金のように回すことが、この事業の発展に繋がるんだ」


「施設での飲食や、スマートフォンの通信料金ですね」


「そうだ。だから、ENを広めるには、多くの人に持って、使ってもらう事が必要でね、その為、プロにオペレーターシステムがある。まぁ、オペレーターが最初に生まれた理由は、ゲームが上手くない特別会員の為に出来たんだけどね、それを俺が経済を回す為の道具として、テコ入れしたのさ」


「あぁ! だから、月毎の支払いなの!」


「ほぉ、君は勘が良いな。その通りだよ」


「え? どう言う事ですか?」と、理解に苦しんでいる安西美羽あんざいみうが、紗奈に尋ねる。


 聞かれて自分が答えて良いものか、迷っていると「説明してみてくれ」と、ジムが笑顔で手を差し出した。


「もし、年毎の支払いだったら、貰える人は640人と、そのオペレーターだけになるでしょ。仮に、オペレーターの平均が3人だった場合、ENを手にするのは合計で……2500人くらいね。だけど、月毎にすれば、ランキングの入れ替わりが激しいこのゲーム、その10倍は見込めるの」


 ジムは紗奈の出した答えに「正解だ」と言って、拍手を送る。


「最安値の640位の年俸が、510万ENだ。その1ヶ月分は、42万5千ENになり、そして、その5%がオペレーターの給与だから、2万1250EN。ゴーゴル社のスマートフォンなら、1ヶ月の通信料が余裕で支払える」


 話している内に、紗奈は他の事にも気づいたようで、


「あ! そうか、だからログイン時に無敵が有ったり、それがドライバーのレーダーに映らないようにして、オペレーターを雇わせるようにしてるのね!」


「おぉ、ここの学生は優秀じゃないか」と、ローレンスも感心する。


「その通りだ。だから、アマチュアのみ、同じ場所へログイン可能にしている」


「そうか、その方がランキングの変動が激しくなるからだ」


「そう、余程運が悪くない限り、アマチュアの殆どは、ログインすれば必ずランキングが上がる仕組みだ。ドライバーが多い戦場にログインして、無敵時間中に乱射すれば5機くらい落とせるだろ? もし、その中にプロが1機でも居れば、そのランクは跳ね上がる」


「その割りに、ログイン位置がズレますよね? あれは何で、ですか?」


 ログイン位置は、指定ポイントの半径1km以内でランダムに配置されるようになっている。


「幾らなんでも、指定プロの真後ろばかりにログインされたら、オペレーターが指示しても間に合わない。そうなると、オペレーターの価値が下がるだろ?」


「あぁ~なるほど」

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