第58話「唯一の収穫」

 再びログインした飛鳥が、孤立したヨハンを見つけ、嬉々として叫ぶ。


「チェック、メイトォォォーーーッ!」


 それはまるで、ヨハンの兵たちのような、間髪かんはつれないログインであっただけに、刀真は思わず噴出した。


 なるほどな、それがお前の出した答えか?

 幾らなんでも、それは読めん!

 ヨハンの攻撃をわざと受けて、ログインしてきたばかりの兵たちを置き去りにするなんて、誰が考える?

 確かに、ポイント差を考えれば、ヨハンに墜とされて失うポイントは、微々たるモンだ。

 そして、お前がヨハンを墜とせば、受け取るポイントは絶大だ。

 なかなか割り切った、合理的な戦法と言える。

 しかしな、その戦法は、同じ戦場にログインできるアマチュアの内だけだぞ。

 ランク内に入ったら、どう攻略するつもりなんだ、お前は?


 あぁ、それよりも、東儀とうぎ姉の方だ。

 おそらく、GTF1524の技は、回避不可能な距離で離し、掴んだ相手を地面に叩き付けるのだろう。

 まるで、飯綱いづな落としだな。

 地面に激突して、東儀姉は終わりか……、


 フレデリカは、GTX1800を地上まで残り400Mの地点で離すと、その撃墜を見守ることなく、ヨハンを援護する為、飛び去った。

 そのまま地面に叩き付けられ、ゲームオーバーと誰もが思った――刀真以外は。


 ん? 離したタイミングが早い、まだ間に合う!


 それは、シリアルキラーがヨハンの間近へログインしたことによって、フレデリカの焦りを生み、若干だが離すタイミングを早くさせていた。

 刀真は、近くに居た南城紬なんじょうつむぎのヘッドセットを奪い取ると、叫ぶように指示を出す。


「東儀! 変形を繰り返せ! 空気抵抗で、即死はまぬがれるかもしれん!」


 雅は、言われるがままに、戦闘機と人型の変形を繰り返した。


「よし、次に地面に着いたら、人型に固定して、両手でコックピットを抑えながら、地面を転がれ!」


 そんなGTX1800が最初に地面に着いたのは、変形途中の左足で、それは当然の如く砕け散り、次に右翼が地面に刺ささると根元から折れ、必死に両手でコックピットを守っていたのだが、転がる内に右肩が破損してしまい、その腕が飛ぶ。

 しかし、虎塚の言った通り、大破はしたものの、辛うじて即死は免れた。

 だが、息つく暇さえ与えられず、刀真から次の指示が来る。


「東儀! 左腕は動くか?」


「はい、動かせます!」


「よし! 銃を抜いて、北西に構えろ!」


「北川! シリアルキラーに照準を合わせろ! 急げ!」


「飛鳥に?」


「今は、動け! 質問は後だ!」


 ドライバーは、無敵時間中の機体をレーダーで追うことは出来ない、その間は目視のみとなってしまう為、刀真は、オペレーターの紗奈に指示を出したのだ。


「東儀! シリアルキラーが見えたら、その背を撃て!」


 なるほど、そう言う事ね……。

 見えた!


「紗奈! 後は、アタシがるわ!」


 北川紗奈きたがわさなから照準を受け取った雅は、迷うことなく、シリアルキラー目掛け、トリガーを引く。

 だが、そこから放たれたレーザーは、シリアルキラーへ届く前に、その背を掴もうとしたGTF1524を貫いた。


「なに!? あいつ、生きていただと……」


 その言葉を最後に、フレデリカは撃墜され、戦線を離脱することとなる。

 オペレーターがGTMで出撃し撃墜された場合、プロの要員である為、プロドライバー同様、同じ戦場に復帰することは出来ない。

 最早、フレデリカに出来ることは、戦況を見守り、神に祈るしかなかった。



 お前の姉がお膳立てしてやったんだ、タイマンで負けんじゃねーぞ。


 東儀雅とうぎみやびは、これ以上、何も出来ないとログアウトして、筐体から降り、顧問へと近づく。


「先生、ありがとうございます」


「礼を言うのは、まだ早いぞ」


 そう言って、冷静をよそおい『まだ終わってない』とばかりに、戦闘中のシリアルキラーを指差すも、内心は焦っていた。


 しまったー、やっちまったー。

 戦艦を操る艦長の気分で、つい、指示してたー。

 まぁ、面白かったから、いいんだけど。

 あぁ~、なんか今後、どんどん面倒になっていく予感がする。



 シリアルキラーのログインから数秒経って、ようやくヨハンの兵たちが戦場に着いたのだが、シリアルキラーが近すぎて、射撃は出来そうに無い。

 ならばと、近づいて掴みに掛かるが、けられ、返ってヨハンの邪魔をしてしまっていた。


矢張やはり、フレデリカの居ないGTR単体では、GTXの機動力に勝てんか……だがな、こういう戦い方が在ることも、覚えておくがいい!」


 斬り掛かって来たシリアルキラーをコックピットに当たらないギリギリで受け止めると、すかさず左手で剣を振った右腕を掴んで引き寄せ、それと同時に、渾身の右拳をGTX1000目掛けて放った。


 肉を切らせて、骨を断つ!


 それを見た飛鳥は、瞬時に左手の銃で自分の右肩を撃ち抜き、胴体から切り離すと、引かれた勢いに乗って横回転する。

 ヨハンの放った右拳は、その胴をかすめ、破損はさせたものの、撃墜までには至らない。

 そして、飛鳥はガラ空きになったヨハンのコックピットへ、照準を合わせる。


「ばいばい、ヨハーン」



 撃墜され、ゲームオーバーとなったヨハンは、筐体から降りると、そこには頭を下げ涙を流す、フレデリカの姿が在った。


「申し訳ございません、ご主人様。私が行き過ぎたばかりに……」


「構わん、許可したのは俺だ。それに今回は、撃墜されたことよりも、収穫の方が大きい」


「収穫?」


「お前が自立的に、MIYABIを墜とすと言ったことさ」


「え?」


「お前にとっては俺を墜とした、恨むべき相手だったのだろうが、それでも、お前が心の赴くままに動いたのは、このゲーム、否、生活も含めて初めてだ」


 フレデリカにその自覚は無く、言ってる意味が理解できずに、首を傾げた。


「あのな、フレデリカ。俺はお前をメイドとして、雇った覚えは無い。お前は、俺の家族だ。俺は、家族を捨てたりはしない」


 その言葉に、フレデリカは号泣する。


「いいか、もう二度と俺をご主人様と呼ぶな」


「はい」


「そんなメイド服も着るな」


「はい」


「忘れるな。お前は、俺の大切な家族なんだ」


 フレデリカは、大粒の涙を流しながら、それに応える。


「はい、ご主人……あ……ヨハン」


 ヨハンは微笑み頷くと、フレデリカを抱き寄せ、頭を撫でる。


「もっと早くこうしてるべきだったな、すまんな」


 この時、フレデリカは生まれて初めて知るのである、嬉しい時にも涙は出るのだと。

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