第55話「稀有な女王」

 ゲーム部顧問、虎塚こづかによる『ヨハン対策』についての話が終わり、妹にどう伝えればいいか悩んでいたのだが、当の妹は、その暇を姉に与えなかった。

 新たにシリアルキラーの戦闘履歴にログが追記され、戦闘中を意味するLIVEアイコンが赤く点灯する。


「え? 飛鳥がログインした! ステッカーに時間が掛かると思ったのに!」


 刀真とうまは、わざとらしくスマートフォンを操作した後、他のオペレーター用PCへと近づいて、通話アプリを起動させる。

 画面に現れた人物に部員たちが驚くも、雅だけは虎塚がその人物と知り合いだったことに驚いた。


 先生も、知り合いなの?

 ローレンスを通じて、知り合いなのかな?


「やぁ、ラルフ」


「よぉ、久しぶりだな、ローレンスの参謀」


 これで良いんだろ、刀真。


 刀真の後ろに女生徒が見えた事から、ラルフは刀真をローレンスの部下として挨拶をする。


「シリアルキラーから、俺のことを聞いたんだって?」


 刀真は、スマートフォンを振り、まるで『先にラルフからメッセージが着て、ビデオチャットを掛けている』ようによそおった。


「あぁ、間抜けなスパイが捕まったって聞いてな」


「そうだな、潜入して一ヶ月も持たないんじゃ、そう言われても仕方ないな」


 二人は一頻ひとしきりり笑った後、刀真が本題に入る。


「シリアルキラーに、ヨハンの話でもしたのか?」


「あぁ、オペレーターを付けた程度では、勝てんと言った」


 その答えに、先に反応したのは雅だった。


「飛鳥は、オペレーターを付けようか、貴方に相談したんですか?」


「ヨハンのレーザー砲が避けれない事を、気にはしていたな。だが、本心では、オペレーターを付けたくないようだった」


「なのに出撃したのか……」


「否、他にも、幾つかヒントを与えたよーな?」


「どんな?」


「サーベルタイガーはオペレーターが居ないが、それでもヨハンに勝てるだろうと言ったら、ヨハンのレーザー砲がけれるのかと聞いてきた」


「それで?」


「サーベルタイガーは、広範囲に動くことによってオペレーターの視野分までカバーしている。そして、ヨハンのチェスプロブレムに付き合わないだろう。そう伝えたら『解った』と言って、回線を切られた」


「チェスプロブレム?」


 聞き慣れない言葉に、首をかしげた部員たちへ、刀真が説明する。


「詰め将棋みたいなもんで、さっき説明したヨハンの誘導だ。そうか、それだけで理解したのか……なら、なんとかなるか?」


「否、まだだ。ヨハンには、クイーンが居る」


「クイーン?」


「お前も知らなかったのか……クイーンとは、ヨハンのオペレーターのことだ」


「オペレーターが?」


 本来、オペレーターとはサポート要員でしかなく、通常ドライバー以上の位置付けになるとは考えない。


「もしかしたら、初見ならお前も……例え、お前がサポートしても、ローレンスは墜とされるかもな」


 あっぶねー。

 ギリギリ、セーーーーーフ!

 いやー、危なかった。

 もう少しで、バラすトコだった。

 おや? おやおや?

 刀真君?

 もしかして、俺のこと睨んでる?

 ギリセーフだって、大丈夫だって!

 巧く誤魔化せたって!

 しかし、今後も気を付けねーと、口滑らしそうだな。


 ヨハンのオペレーター、フレデリカの扱うピット用のGTMは、一般的に好まれている戦艦型とは異なる戦闘機タイプ(GTF)のGTMで、更に異なる点として、一切給油を行わない。

 また、収容できるのは一機体のみで、収容と言っても中に収まる訳ではなく、羽のようにドライバー用GTMの背面に付いたり、上に乗せたり、ぶら下っての移動も可能となっている。

 給油、耐久値、攻撃力を犠牲にした代わりに、輸送中でもその移動速度はドライバー用GTXやGTF並みに速く、更にGTMを積まなければ、その速度はGTX1000を超える。


 これによって、ヨハンが乗るGTMは、人型の飛べないGTRであるものの、フレデリカのGTMによって、自由自在に飛べることが出来た。

 しかも、この状態であれば、通常、オペレーターが行動補助をすることによって起こるペナルティーを受けない。

 つまり、ドライバーが攻撃を100%、オペレーターが回避行動を100%で行うことが可能なのだ。

 それは、ルールの隙間を突いた行為だった。


 だが、優位にプレイが運べる行為であるにも関わらず、ヨハンの真似をする者は極めて少なかった。

 それはヨハンまで辿り着く者が極めて少なかった事と、知ってはいても『真似したくても、出来ない』のだ。

 何故なら、募集しても受けてくれる者が現れないからで、例え、やって来ても並以下の使えないプレイヤーばかり、しかし、それは当然のことで、そこまで動かせられるなら、ドライバーになるからだ。

 プロになれるかも知れない腕の持ち主が、ドライバーの給与の5%に甘んじる訳がない。

 また、まれに凄腕のプレイヤーが現れるも、それは自分の練習の為に、時間制限の無いプロを利用したに過ぎず、自信が付いたら辞めてドライバーに転向する事案まで発生し、募集することも無くなっていった。


 こうして、ヨハンの悪名がまた一つ高くなるのである。


「ルイスの見解では、10位以内に入れる器の可能性が有るらしい」


「なんでそんな奴が、ドライバーでなく、オペレーターなんだ?」


「理由は解らんが、あのルイスが背後を取られたらしいぞ。案外、ヨハンよりも強いかもしれんな」


 モニタに映るシリアルキラーの戦闘は、まだ、ヨハンのポーン(兵隊)を抜けられないでいた。

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