第50話「死兵団」

 4月19日 16時42分――横浜。


 北川紗奈は、導き出した答えを東儀姉妹に告げる。


「え? 虎塚がオペレーター?」


「えぇ、間違いないわ……念の為、ここのスタッフにも聞いてみたけど、筐体の値段を知る人は居なかった」


 通常のゲームセンターとは違い、ゲームプレイが無料である為、運営スタッフが筐体の減価償却費を考える必要がない、よって、スタッフはおろか施設長ですら、筐体価格を知らないのである。

 スタッフの中には、どうやって無料で自分の給与が生み出されているのかさえ、知らない者も多く居たほどだった。


「つまり、その価格を知るのは、筐体を買おうとするような大金持ちか、筐体を作っている会社でしかないのよ。試しにね、インベイド社の筐体レンタル事業部に電話してみたの。そうしたら『維持費として、主にバージョンアップ費になりますが、初年度は1億2千万円、ご用意ください』って言われたのよ」


「えぇぇぇ~! 一年のレンタル料が1億2千万円!!」


「慌てて、断ったわよ」


「あれ? となると……3000万って数字は……」


「そう、もし、虎塚がインベイドの関係者や大金持ちなら、あの時『これ、1億2千万円だぞ』と言ってた筈なの。となると、残るのは、筐体を作っている会社しかないのよ。作っているメーカーは公表されてないけど、まず間違いなく、ゴーゴル社だわ」


「ということは……」


「おそらく虎塚は、ローレンスのオペレーターよ」


「信じられない、だって、赴任してきたの4月よ。部が出来る前じゃない」


 紗奈は、手に持ったスマートフォンを振る。


「インベイド社とゴーゴル社は、個人情報を共有しているのよ」


「あ、そうか……ローレンスにとって、シリアルキラーが何者なのかは、簡単に判る!」


 本来、刀真は筐体の価格を知らない開発の調整部に所属しているのだが、家に開発用の筐体が届いた際に、叔父であり、副社長の帯牙に「これって、幾らなの?」と聞いた事により、3000万円という本体のみの価格を知るのである。


「みんなで、虎塚を追い出そう!」


 右拳を高々と突き上げた飛鳥を、首を振りながら紗奈が、その腕を下ろさせた。


「それはしないよ」


「なんで? スパイなんでしょ?」


「そうだけど、追い出さない理由は二つあるの。一つは、もう顧問になってくれる先生が居ないのよ」


「えぇ~、もうそれだけで追い出せないじゃない!」


「そうね。でもそれよりも重要なのが、もう一つ。私が今、雅にやった調整は、虎塚が初日に言った調整なの。たった数分しか見ていないのに、この答えを出したのよ。つまり、かなり優秀なオペレーターなの」


「優秀でも、敵でしょ?」


「そうねー、もし、スカルドラゴンとやる前だったら、飛鳥ちゃんの言う通り、追い出す方法をなんとか考えたかもしれない。でもね、飛鳥ちゃん。飛鳥ちゃんは確かに強いけど、調整で雅を強くする答えは、出せなかったでしょ?」


「うぅぅぅ」


「アタシたちは、アイツを、スカルドラゴンを倒す為に、どんな手を使っても強くならないとイケナイのよ」


「そうね、紗奈の言う通りだわ」


「お姉ちゃんまで……」


「良いじゃない、飛鳥は。どうせ指導なんて、受けないんでしょ?」


 オペレーターを断るぐらいだ、自分の力でやってみたいと思っている妹が、仮にスパイでなかったとしても、指導なんて受けるとは思えなかった。


「そうだけどさ……」


「たぶん、大丈夫よ。飛鳥のプレイって、見られて対策が出来るとは、思えないのよね」


「そうね、飛鳥ちゃんって、直感と反射神経でプレイしてるもんね」


「え? どういうこと?」


「アンタのプレイは、その時々で動いてるから、癖なんて無さそうってこと」


「じゃぁ、明日は、虎塚に白状させて、逆に利用してやりましょう!」


 こうして、雄叫びと共に突き上げられた三人の拳は、翌日、刀真をノックアウトするのであった。



「あれ? どうした? 忘れ物か?」


 15分も経たずに帰ってきた三人に、駐車場で待っていた和正が驚き、それに対して雅は、ゆっくり首を振り「ううん、終わったの」と告げる。


「え! もう? そうか、晩御飯、遅くならずに済んだな」



 陽が丁度、地平線から姿を消した頃、紗奈の家へと着いた。


「また明日」


 そう言った紗奈に見送られ、雅たちが美味しい餃子が待つ家に着いたのは、17時44分。

 夕飯まで、未だ時間があるからと、飛鳥は筐体に乗り込み、早速『ヨハン』で検索を始める。

 すると、ロンドン郊外で、その名がヒットし、飛鳥は迷うことなく、ロンドンの郊外へと飛び込んだ。


 昨日、初めて墜とされたのだが、飛鳥の心の中では、既に復讐心などは微塵みじんも残っておらず、今はただ、父親の車代を稼ぐ思いが、その殆どを占めていた。


「居た居た、お父さんの新車代!」


 飛鳥がヨハンに近づこうとした時、次々とアマチュア機たちがその前をふさいで行く。


「ちょっと、邪魔!」


 ヨハンの周りに居たのは20機ほどと、シリアルキラーから、その身を守るには極めて少ない。

 邪魔な雑魚を先に終わらせようと、狩り始めた飛鳥だったのだが、ヨハンが抱える師団は、通常で考えられない攻撃行動を取る。


 それは――特攻。


 最初の10機辺りまでは、それでもいつも通りの無双っぷりを見せたのだが、その後、次々と撃墜された機体が、再びログインし、20秒間の厄介な無敵機となって、シリアルキラーの前に立ちはだかる。


 それは、まるでゾンビのようだった。


「え? なに? どういうこと? こいつら面倒臭い!」


 このメビウスの輪のようなループにはまってしまったシリアルキラーは、ヨハンへ辿り着くことさえ許されず、自らの無敵時間を終了させてしまう。

 既にオペレーターでしか捉えられない位置まで逃げたヨハンは、レーザー砲を構え、シリアルキラーに照準を合わせる。


「リベンジのつもりで来たんだろうが、ランキング1位はな、伊達じゃねーんだよ!」


 放たれた分厚いレーザーは、空を貫く光の槍のように、ヨハンの師団諸共、シリアルキラーを消し去った。


「サーベルタイガーの再来とまで言われたシリアルキラーとは、この程度か」


「お見事です、ご主人さま」


「フレデリカ、お前の手までわずらわせる可能性があるのは、ルイスとサーベルタイガーくらいのようだな」

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