第51話「バランスブレイカー」

「何度やっても、結果は同じだ!」


 ヨハンのレーザー砲が、三度みたび、シリアルキラーを撃ち抜く。


「フレデリカより、各自へ。もう一度、ログインして来る可能性があります。各自、ヨハン様の1km圏内で待機を」


 すでに飛鳥は、ヨハンの術中にはまっていた。

 それは、ヨハンが強いと感じられず、アマチュアたちを巧妙に使うセコさばかりが際立きわだつからだ。

 ヨハンと対戦した者の殆どが「あいつは強いんじゃなくて、汚いんだ」との考えに至り、復讐心が先走って「是が非でもヨハンを墜とす!」という衝動に駆られた後、冷静さを失って、結果、余計にヨハンの勝率を上げ、さらにイライラを募らせる。


 特にヨハンは、プロから嫌われており、同じ場所へ再ログインできないことから、悔しさばかりが残り、忘れた頃にまた遣られ、恨みが積み重なるのである。

 更に、ヨハンはセミプロ(600位前後)を狙う事が多い。

 それはランク外へ堕ちた時、その怨みを晴らしに、自分の前にノコノコと現れるからだ。

 最悪の場合、怒りが頂点に達して、ヨハンどころか、周りのアマチュアにまで墜とされるようになり、気が付けば、プロに戻れない順位まで堕ちる者も多かった。


 一度目の撃墜でプロからアマへと転落してしまった飛鳥もまた、二度三度とその抜けられない蟻地獄へと引きり込まれていた。


「くっそー! もう一回!」


 だが、四回目のログインに突入しようとしたその時、その蟻地獄から強引に救い出す者が現れる。


「飛鳥! ご飯!」


 姉からの、否、母からの強制終了である。

 東儀家では、夕飯に呼ばれて「あとで」と答えて良いのは、具合が悪い時のみ。

 例え、それがゲームでなく、宿題であったとしても、中断しなくてはならない。


 父の居る夕飯は、必ず、家族揃って食事する。


 それが東儀家のルールで、それを破れば母から烈火の如く叱られ、間違いなく筐体の返還を言い渡されるだろう。

 飛鳥にとってそれは、ゲームに負ける悔しさ所の話ではないのだ。


 だが、この強制終了、実は母からの命ではなく、雅の勘がそうさせたものだった。

 ゲームのプレイ内容は、オペレーター用PCに映っており、勝ち負けよりも「このままでは、飛鳥がこのゲームを嫌いになってしまう」そんな予感がしたのだ。

 そう、自分がゲームから離れた時のように。


 このヨハンって奴、危険過ぎる。

 こいつとプレイすると、このゲームがクソゲーに感じる。

 ラルフは、なんでこいつに対応しないんだろう?

 このままだと、ゲームの衰退を招きかねないんじゃないの?


 だが、そう感じるものの、飛鳥のように気軽に電話を掛けることは出来ず、ラルフに何か考えがあるのだろうかと思うに留まった。


 実際、雅のように考え、インベイド社にクレームも多く届いている。

 しかし、ラルフが対応しないのは、ずっと先の未来を見ているからで、ラルフにとってGTWは、理想への第一歩でしかない。


「馬鹿かお前は! デバッガーを雇わないゲーム会社が、何処に在る!」


「調整役は必要だが、デバッグはプレイヤーに遣らせる」


「はぁ? お前は馬鹿か! デバッグをプレイヤーに遣らせるなって、オンラインゲームには多いクレームだぞ!」


「馬鹿はお前だ、ローレンス。今は、まだそれを言う必要は無い。プレイヤーは、当然のようにデバッガーが居て、ちゃんと調整され、公表していると思うだろうからな」


「今はってことは、何れ発表するのか?」


「あぁ、その時には、ログインするだけで、給与が支払われるからな。デバッグ料だ、誰も文句は言わんだろ?」


「おいおい、そんな莫大な資金どこに……」


「ローレンス、心配するな。その時には、課金も、ギャンブルも、商売も出来るようになっている」


「話が飛び過ぎて、付いて行けん! 詳しく説明しろ! 不安で眠れなくなりそうだ!」


 バグであったり、バランスであったり、ルールの穴を見つけたり、世の中にはそういうのを見つけるのが上手いプレイヤーが居る。

 だが、そんな奴ほど、デバッガーとして入社してくれないし、何百人雇って何千時間費やしても、完全に見つけられる訳でもない。

 ゲームが発売された数年後に、バグ見つかったなんて事はざらにあるし、中にはバグのお陰で、より楽しいゲームとなったものさえある。


 つまりは、今後を見据えれば、バランスブレイカーと呼べるヨハンやローレンス、人間性能がチートなルイスや刀真、そして飛鳥は、貴重なプレイヤーなのだ。

 だが、そんなことよりも、ラルフが一番望んでいるのは、そんな者たちをボスと見立て、攻略してくれるプレイヤーが現れることだった。


 ゲームなんだ、ゲームの中で解決策を見つけて欲しい。



「あれ? 夕飯は?」


「待ってね、あと30分くらいで出来るわよ」


 母にそう言われて、キッと姉を睨む。


「アンタさぁ、32位になった瞬間、すぐに1億ポーンと貰える訳じゃないのよ」


「え!」


「やっぱり……説明受けてる筈なのに、右から左に抜けてったみたいね」


 雅は、改めてインベイド社の給与の払い方を教える。


「月々で分割なの?」


「そう、その間にランク下がったり上がったりすれば、給与の決定日に、その給与に変わるの」


「それだと、お父さんの……うぐぅ」


 雅は、急いで飛鳥の口を塞ぎ、耳元で「お母さんには内緒って言ったでしょ」と囁き、飛鳥も「あ、そうか、ごめん」と囁き返す。

 このままでは、都合が悪いと、雅は自分の部屋へと連れて行った。


「お父さんには、もうそのこと話して、新車は来年ってことにしてもらったから、アンタは急ぐ必要ないの」


「え? だから、さっき止めたの?」


 ヨハンを危険に感じたからと言いたい所だけど、ここは飛鳥の性格を利用して……。


「アンタさぁ、ステッカー作るって言ってなかった?」


「あぁぁぁぁぁーーーッ!!」


「カッコ悪いままでプレイしても、気分乗らないから、調子でないでしょ?」


「ホントだよ~、もっと早く言ってよ、お姉ちゃん」


 全く、単純な妹ですこと。

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