第48話「謎は全て解けた」

 東儀和正とうぎかずまさは、気になって夜も眠れずにいた。

 それは未だ飛鳥から、勝負に勝ったのか、それとも負けたのか、知らされてなかったからだ。

 妻、加奈子の目を掻い潜って聞き出そうと、何度も試みたが、なかなか上手く行かず、気付けばもう布団の中。


 も、もしも、勝ってたら、幾らまで出してくれるんだろう?

 金額によっては、改造よりも……ISMO《いずも》仕様の方が……、

 でもなぁ、娘に1800万円もオネダリするのは、父親として、どうよ?

 でも、一億円って言ってたし、良いんじゃ・な・い・の・か・な?


 色々考えている内に、いつの間にか眠っており、気付いたら朝。

 早速、飛鳥に聞いてみようと思ったら、土曜日だというのに、朝からクラブ活動で学校に行ったそうだ。


 まぁ、いいか、帰って来てからでも。



 部室前で虎塚が来るのを待つ間、雅が戦歴をチェックしようと、アプリを起動してみれば、驚くべき数字が目に飛び込んで来た。


「えぇぇぇ~! 66位になってる!」


「え? 6つ上がっただけでしょ?」


「たった1機しか、墜としてないのよ」


「あ、そうか!」


「ヨハンって人、1位だったみたいね」


「お姉ちゃんで6つ上がったって事は、アタシだと、どのくらい上がるんだろ?」


「今、アンタ、確か、650前後よね? 下手すると、100くらい上がるんじゃない?」


「え! じゃぁ、ヨハンを20回くらい墜とせば、32位に入れるかな?」


「入れるんじゃない?」



 午前中、戦歴から色々検証し、お昼過ぎに紗奈が現れ、雅の特訓と調整を4時間ほど行い、16時に解散となった。


「今日はゴメンネ、折角の休みなのに」


「いいのよ雅、アタシたちで倒すって決めたじゃない。それに部活、楽しいから全然苦にならないわ。それよりさぁ『明日も、よろしくお願いしまーす』って言った時の虎塚の顔!」


「凄~い、嫌そうだったね」


「まぁ、本当なら、今日も明日も休みだからね」


「実はね、雅、一つ、試したい事があるんだけど、今から横浜に行かない?」


「なに? 学校じゃ駄目だったの?」


「うん、虎塚が居ると不味いのよ」


「え? どういうこと?」


「考え過ぎだったら、良いんだけどね」


「解った、じゃもう遅いから、ウチのお父さんが車出してくれるなら、行こうか?」


「お願いするわ」



 テレビでプロ野球のデイゲームを寝ながら観ていたら、突然、娘からの電話が鳴る。


「ん? どうした?」


「今から、横浜に行きたいんだけど、車出して貰っても構わない?」


 こ、これは、チャンスだ!

 やっと、勝ったか、負けたか、加奈子の居ない所で聞ける!


「よし、そ、そこで待ってろ、すぐ迎えに行くから!」


 加奈子は、餃子のタネをスプーンですくい、それを皮で包みながら、慌てた感じで出掛けようとする夫に、声を掛けた。


「どうしたの? 雅たちを迎えに行くの?」


「あ、あぁ、い、今から、横浜に行くんだそうだ」


「あら? だったら、横浜で外食する?」


「いやいやいやいやいや、昨日の今日だし、それにもうそこまで準備してるんだ。俺は、母さんの美味しい食事の方が良いよ」


「あら、嬉しい事、言ってくれるじゃない」


「20時までに戻るようにするから、母さんはそのまま準備を」


「はいはい、解りました。いってらっしゃい」


 浮気ってしたことないけど、こんな気分なんだろうか?


 そう思いながら、急いで車に乗り込み、心の赴くままにアクセルを踏み込んだ。

 10分もしない内に、校門前で待つ娘たちと合流すると、雅と紗奈を後ろに、飛鳥を助手席に乗せて走りだし、そして、前置きなしに昨日の結果を聞く。


「飛鳥、昨日のヤツは勝ったのか?」


「え?」と、戸惑いながら姉の方を振り返る飛鳥に「お母さん居ないから、大丈夫」と雅より早く、待てない父が答える。


「実は……負けちゃったんだ」


「そ、そっかー、残念だったな……」


 サヨナラ、ISMO!


「でもね、32位以内に入ったら1億もらえるから、そしたら、改造費プレゼントするね!」


「え! そっかー、いや、いいんだぞ、父さんの車の改造費は、気にしなくてもー」


 オカエリ! ISMO!


 お父さん……否定する言葉とは反比例して、声が裏返ってるわよ。


「あ、あのな、じ、実は、父さん、欲しい車が……」


「え? 改造費じゃなくて、新車なの?」


「た、たぶんな、こ、これを改造するより、や、安く済むんじゃないかな?ってな……」


「幾らなの?」


 もぅ、雅さん、そういう鋭いトコ、母さんにソックリだなー。


「せ、せんー、はっぴゃくぅ?」


「え! 1800万円?」


「あ、ハイ……」


「いいよ、1億入るから」


「わかった、私も半分出すから、お母さんには内緒ね」


「なんて、いい娘たちだー、父さんは嬉しいよー」


 普段なら、会話に率先して参加してくる紗奈が、今は思いつめた様子で、外の流れる景色を眺めている。


 虎塚に、一体、どんな秘密が?

 それに紗奈が、気付いたの?


 着いて早々、紗奈はGTMの調整を行い「これを試してみて」と雅に告げる。

 そして、その調整は、雅に驚くべき変化を与える。

 それはまるで、ピッタリと合った靴のようだった。


「な、なに? この感じ?」


「お姉ちゃん、凄い、動き良くなってるよ!」


 雅は3分でテストを終了し、筐体を降りて、紗奈へと駆け寄った。


「凄い、凄いよ紗奈! あれ? どうしたの?」


「やっぱり、そう言うことだったのね……」


「やっぱり?」


「謎は全て、解けたわ」



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[補足]


 ISMO仕様:架空の自動車メーカーの架空の仕様です。日産のニスモ仕様とお考えくださると想像し易いかと。

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