第43話「スカルドラゴン 対 サーベルタイガー」

 イベント終了まで、残り8分23秒。


「和也、急げ!」


 息を整える暇さえ与えられないままに、和也はオペレーター用のPCの前に座り、噴き出た汗を袖で拭うと、ログイン準備に取り掛かる。


「ハァ、ハァ、えーっと、場所は、東京タワーっと、え? うわぁ!」


 名前検索で現れた地図には、機体マークを示す点で溢れ返っていた。

 拡大しなければ、東京が存在しないかと思うほどに白く、東京タワーを中心に半径5kmの拡大で、ようやく地形や建物名などが、解るようになった。

 しかし、それでも、秒間で現れては消える白い点(ランク外)たちは、まるで線香花火のようだった。

 20秒間の無敵があるものの、それはダメージを受けないだけの話で、触ったり突き飛ばす事が可能となっており、20秒間の盾として、サーベルタイガーに利用されてしまう。

 殆どのアマチュア機が玉砕覚悟で、サーベルタイガーの目前に現れ、21秒後には誰かの流れ弾によって蜂の巣にされる、その繰り返しだった。


「まるで、入れ食い状態の釣り堀だな」


 そんな感想を述べたのは、2000位前後のプロを目指す者の一人。

 次々にログインして来るアマチュア機を、少し離れた所から、狙撃しているのである。

 だが、彼もまた安心出来る立場ではない、何故なら、更にそれを狙う黄色い点(プロ)が居るからだ。

 東京都港区は今、まさに食物連鎖を縮図にしたような、混沌とした世界となっていた。


 もちろん、その中には、64位以内の赤い点滅も存在していて……。


「兄やん、ヨハンまでるで」


「ほぉ~、あのチキン野郎までるんけ! サーベルタイガーいわしたら(倒したら)、次はお前じゃ!」


 ヨハン、GTWランク1位、彼の事を『名ばかりの皇帝』と呼ぶ者も多い。


「ん? ルイスがシリアルキラーとやるんか! よし、今や和也!」


 スカルドラゴンがサーベルタイガーの前に現れた時、時計の針は午後6時53分を指していた。



「あーーーッ!」


 イベント時間が残り5分となったところで、飛鳥を迎えに行こうと思っていた雅が、モニタを見て思わず叫んでしまう。

 それは、憎きGTMがモニタに映ったからだ。


 娘が叫んだことに「どうしたの?」と、聞きたかった加奈子であったのだが、見ていたのがモニタだけに、おいそれと聞けない。


 飛鳥が、負けたのかな?


 娘が叫んだことに「どうしたんだ?」と、聞きたかった和正であったのだが、見ていたのがモニタだけに、おいそれと聞けない。


 もしかして、飛鳥、勝ったのか?


 自分が叫んでしまったことに、動揺した雅は「トイレに行く」と言うつもりが本音の「飛鳥、迎えに行って来る」と言って、テーブルから走り去った。

 和正が頭を振り絞って考えたフォローは「こ、此処って、ま、迷いやすいのかな?」で、加奈子もそれに乗っかるしかなかった。


「そ、そうね……」



 ログインとほぼ同時に、スカルドラゴンはサーベルタイガーへ、2本のワイヤーを放つと同時に、他のワイヤーで近くに居たGTMを掴みに行く。


「ん? この武器? 確か少し前に、俺が申請を通した……」


 ワイヤーを切断したいところだが、20秒間の無敵がそれを許さない為、刀真の選択肢は『ける』しかなかった。

 だが、スカルドラゴンは、先読みで相手が避けそうな空間へ、掴んだGTMを次々に投げ、更にはワイヤーを6本伸ばす。

 投げられた機体の中には、無敵時間の残った機体が混ざっている可能性があった為、下手に斬れば、斬れずに衝突してしまうかもしれない。

 これもまた、サーベルタイガーには『ける』しか選択肢が残されていない攻撃だった。 


「なるほど、そんな使い方も在るのか、考えたな……だが」


「表はけれても、裏までけられるかな?」 


 先に伸ばしていた2本のワイヤーで投げた機体を掴み、サーベルタイガーの背後目掛けて再び投げる。

 その2体は、無敵時間の残った機体である為、レーダーには映らない。

 しかし、その瞬間、サーベルタイガーは、その張りきったワイヤーを踏み台にして側転し、背後から襲って来る機体と、前方から掴みに来た6本のワイヤーを全て、かわしてみせた。


「俺を詰めるには、手数が足らなかったな!」


「まだやーッ!」


 再び、周りの機体を掴み、今度は投げずに振り回す。


「20秒はな、そんなに長くは無い!」


 サーベルタイガーは、右手の剣で掴もうとして来たワイヤーを斬り落とし、左の剣でGTMを掴んで殴り掛かった爪ごと、真っ二つに叩き斬った。

 更に、そのGTMが持っていたレーザーガンを奪うと、ワイヤーを狙って撃つ。


「同じ場所を二度当てないと、銃では切れない。考えは悪くない、悪くないが……俺は、撃った場所を記憶することも、狙うことも出来るんだよ!」


 レーザーが当たり、ワイヤーが切れて消し飛ぶ。


「偶然や! そんなこと出来る人間が……」


 しかし、和也の叫びも空しく、2本目、3本目のワイヤーが銃で切られる。

 サーベルタイガーは、弾切れになった銃を捨て、スカルドラゴンへと間合いを詰める。


 スカルドラゴンは、4本のワイヤーをサーベルタイガーの四肢へ伸ばし、両手を狙ったワイヤーは、内から外へ振られた2つの剣によって斬られ、足元を狙ったワイヤーは、足を軽く曲げかわされた。


「よし、掛かったーッ!」


 かわされた足元のワイヤーは、更に伸びて行き、東京タワーの鉄骨を掴むと、スカルドラゴンは一気にワイヤーを巻き戻す。

 幾らGTRが遅くとも、本来の推進力とワイヤーの巻き戻しが合わされば、GTXに匹敵する。


「幾らワレが速くても、この距離では変形して逃げることも! 剣を振り直すことも! 出来へん筈やーッ! 1億、もろたーッ!」


 スカルドラゴンが勝利を確信した時、サーベルタイガーは、軽く曲げていた足を伸ばしてワイヤーを蹴り、なんと更に前方へ加速する。


「なに!? そっから前に出るやと!」


「なかなか楽しかったよ、だがな……」


 ワイヤーを蹴った際、僅かばかりサーベルタイガーは軌道をズラしており、そのズレた距離は凡そ1機体分ほどで、そしてそれは、手を広げた剣がある位置だった。


「俺を相手にするには、お前は遅すぎる!」


 剣は振られること無く、GTR3200を頭から股まで斬り裂いた。

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