第42話「緊急警報」

 加奈子さんが怒った理由は、自分たちで誕生会を企画しておいて、ドタキャンしようとしたからだ。


 正直、俺にしてみれば、ケーキだけの例年と比べれば、誘ってもらっただけでも嬉しいのだが、それを言うのは教育的に良くないし、仕事仕事で加奈子さんに今まで子供たちを任せてきたのに、今、改めて教育して(怒って)いる最中に「まぁ、いいじゃないか」などと、言える筈もない。


 ゲーム映像が気になって、誕生会に集中できない飛鳥が許せなかったことは、テーブルを叩いたことで明らかだ。

 しかし、店に来てまで怒るのは『誕生会を台無しにしてしまう』と、考えたんだろう。

 飛鳥にトイレと称してゲームに行かせ、帰って来たら誕生会に集中しなさいということだ。

 ここまでは良い、本当に良くできた妻であり、母だと思う。


 だがここで、大きな大きな問題が出来た。


 それは加奈子さんが、超弩級ちょうどきゅうの天然だということだ。


 どう聞いても、どう考えても、ゲームに行ってきなさいと言っているようなものなのに、俺に気付かれずに、上手く誤魔化せたと思っていることだ。


「いやーねー、トイレ行くのに勝つだの負けるだの、何を言ってるんだか、雅は良いの?」


 これで、なんとか凌いだつもりでいることが、恐ろしいーッ!


 不器用なウインクで、雅に合図を送る姿は、最早コメディだ。

 だが、そんな加奈子さんの気持ちを、無碍むげには出来ない。

 もちろん、雅は気づいている、俺が気付かないフリをしていることに。

 だから、本当は自分も行きたい筈なのに、残る方を選んだ。

 本当に、本当に気遣いの出来る良い娘に育ってくれた、父さんは嬉しいよ!

 しかし、ここで、もし俺が気付いていることを加奈子さんが悟れば、一度怒った手前、引くに引けなくなる。

 なんせ、トイレに行って良いと言ったが、ゲームして来いとは言ってないのだ!


 今は、まだいい。

 だが、これから訪れるであろう、恐ろしいミッションが待っている。

 それは、同じく天然の娘、飛鳥が帰って来た時だ。

 まず、間違いなく、あのは、勝ったか負けたかの報告をするだろう。

 雅のアイコンタクトで「アタシが何とかする」というのは、伝わってきている。

 恐らく、飛鳥が帰って来るであろう数分前に「やっぱり、アタシもトイレに行ってくる」と言うに違いない。


 三者三様の気遣いが、トライアングルを形取かたちどっていた。



 その同刻――新宿。

 なかなか降りて来ないエレベーターを諦め、脇に在った階段でプロ専用フロアまで駆け上がって行く、影が二つ。


「こんな時に、限って!」


「だから、俺は余裕持って行きましょうって、言うたのにぃ!」


「五月蝿いわ、童貞!」


「もぅ! 階段やと響くから、そのボケ止めてーや!」


 クソがー!

 ワイの考えが甘かった! 甘過ぎた!


 GTX1000、あんな機体、操れる奴なんてらん。

 そもそも、サーベルタイガーなんて存在せんのやろ?

 ずっと、そう思っとった。


 そんな時に現れたんが、シリアルキラーや。


 噂聞いて、興味本位で戦闘履歴見て驚いたわ。

 あんなバケモンが、ホンマにるとはな。

 だから、王になる為に、敢えて闘いを避けてきた。


 だが、それでも、そんな人間が二人もるとは思えんかった。

 つまり、シリアルキラーが、サーベルタイガーなんやと思っとった。

 今回のことも、イベントが成功するかどうか、捨てアカウント作って、事前に試してたんやとな。

 王(32位内)に成って、ルイス狩ったら、最後にアイツを狩って、一位に成る。

 ワイの予定を崩しやがって、ボケがぁーッ!


 アカン、今は余計なこと考えるな!

 今は、1億や! 1億を取る事に集中するんや!

 サーベルタイガー、無敵中のシリアルキラーの相手なんかすんなよーッ!



 一方、インベイド本社でも、あわただしく動き出す。

 データ解析班のニコル・パーカーが、戦況を見守っていたラルフに向け、叫ぶように突然現れた危機を知らせる。


「シリアルキラー、ログインしてきます!」


「なんだと!? 親父の誕生日を抜け出したのかアイツ! この親不孝モンがーッ!」


 それに逸早いちはやく反応したのは、帯牙たいがだった。


「ラルフ、俺の出撃許可を!」


「解った、タイガーの出撃準備を急げ! ニッキー、ルイスと回線を繋いでくれ!」


「どうした?」


「今、タイガーを出している。それまで、シリアルキラーを止めてくれ」


「墜とせではなく、止めるでいいのか?」


「ルイス、気をつけろ、そいつはサーベルタイガー級だ」


 現役サッカー選手でもあるルイスは、実世界でも忙しく、ここ2ヶ月のGTW情勢を把握してはいなかった。


「面白い。俺だって、サーベルタイガーを倒す為にログインしたんだ。アイツを抑えられんようでは、刀真にも勝てんのだろ?」


「頼むよ、無冠の帝王」


 ルイスは、サッカーを引退していれば、確実にランク1位と言われる強さなのだが、ゲームと同じくらいサッカーも愛している為、2位に甘んじているのであった。


「くっそー! オフシーズンになったら、絶対1位になってやるからな!」


 タイガーを出すまで警戒している相手、恐らく強さは本物なのだろう。

 サーベルタイガー級と言ったくらいだ、刀真とやるつもりで行かないと、コッチが墜とされると考えた方がいい。

 ハァー、無傷という訳にはいかんだろうから、今日、刀真と闘うのは無理か……。

 まぁいい、その代わり、楽しませてくれよ、シリアルキラー!

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