第28話「マネーマッチ」

 例年より早く桜が開花したこともあって、あと数日で4月を迎える現在。

 咲いている花よりも、歩道を染める花びらの方が多く、まるでレッドカーペットのような桜の絨毯じゅうたんが続いてる。

 その上を楽しそうに話しながら歩く、女子三人組の姿が在った。

 まだ、午後3時を過ぎたばかりということもあって、良い機会だからと、北川紗奈も同行しているのである。


 そんな三人が、目的地である東儀家に着いたのは、午後3時20分。

 既に家の前には、巨大なトレーラーが3台停まっており、そして、それに乗って来たと思われる帽子を被った男女、合わせて20名ほど並んでおり、そのリーダーらしき男が、母親と何やら話しをしているのが見えた。

 その母親も、こちらを見つけたようで「あら、ちょうどいい、帰って来たわ」と、大きく手を振る。


 おかえりなさいませ、おかえりなさいませ、おかえりなさいませ……


 20名のインベイド社員による「おかえりなさいませ」の連呼を抜け、三人はドギマギしながら、並んでいる人の数だけ、頭を下げつつ、玄関まで歩みを進める。


 見慣れない女の子に気付いた母が「あら? お友達?」と、声を掛けた。


「はい、北川紗奈といいます。雅さんとは、仲良くさせて頂いております」


 気持ちの良い挨拶に、快くし「あら、雅、良いお友達が出来たのね。いつまでも、仲良くしてあげてね」と返した。


「はい」


 そんな紗奈との挨拶を済ませると、改めて娘の方を振り返り、現在の困惑した状況を説明する。


「あのね、この人たち、みやびでなくて、飛鳥あすかのって、言うんだけど?」


「あ、ゴメン、言うの忘れてた! あのね、飛鳥もプロになったの」


「えぇ! 飛鳥まで!」と、母は目を見開いて驚き、妹は恥ずかしそうに頭を掻いている。


「そう。でね、ウチに2台は無理そうだから、飛鳥に譲ったのよ」


 すると母は、再びインベイドのリーダーの方を向いて「えぇ~っと、向井さんだったかしら? この駐車場に2台は、入らないの?」と聞いた。

 天然キャラであるものの、こういうところだけはしっかりしている母を感心しながら、インベイド向井の返事を待つ。


「そうですね、今のモデルで2台は、入りそうにないですね。もしかしたら、来年のモデルだったら、オペレーターの数にもよりますけど、入るかもしれません。あ! そう言えば、オペレーター用のPCが1台とうかがいましたが、宜しかったですか?」


「はい」


 設置部員である向井は、今まで配達して来た経験から、オペレーター用PCは、最低でも3台要求されることが多く、1台は申請ミスではないのかと、一応、トレーラーには、余分に5台積んで来ていたのだ。


 ――オペレーターに頼らないで、独りでやってみたい。


 それが飛鳥の出した答えだったのだが、雅が「念の為に、1台付けて欲しい」と依頼したのである。


「心配しないで、アンタが望まない事をするつもりはないから。でも、たぶん、アンタでも在った方が良いと思うの。だから、アンタが必要だと感じるその時まで、封印しておきましょう」


 だが、依頼して正解だったと、すぐに飛鳥は感謝する事になる。

 スマートフォンでは、カラーリングの設定は出来たものの、プラモデルの墨入れのような細かいカラーリングまでは、出来なかった。

 しかし、このオペレーティングPCでは、GTM《グランドツーリングマシン》のカラーリングの他に、ステッカーやつのなど、当たり判定の無いアクセサリー、更には、機体や武器までもがデザイン出来るツールがインストールされていたのだ。

 勿論、機体や武器に関しては、申請が通ればの話である。

 しかも、そのデザインは自分以外の使用を不可にも出来るが、公開した場合、デザイン大賞に自動でノミネートされ、最優秀賞に選ばれれば、なんと賞金30億ENである!


「この関節部分は、ゴールド? シルバー? 艶消しブラックか! いやいや、ガンメタだ! ガンメタにしよう!」


 こうして飛鳥は、暫くの間、プレイするのを忘れ、デザインに没頭してしまう事となるのだった。



 翌日。

 別れを告げたのに、次の日また来るという恥ずかしさを感じながらも、雅は紗奈と待ち合わせて、インベイドの施設に着いたのは、昼を少し過ぎた辺り。

 一方、飛鳥はというと、オペレーターを体験してみる筈だったのだが、朝までGTX1000のカラーリングに夢中になってしまい、朝食を取ったことでお腹が膨れ、津波のように押し寄せてきた睡魔に勝てず、少しだけのつもりで横になったのだが、そのまま泥のように眠るのだった。



「お、おはよー、ござい、まーす」


 通い慣れた場所であった筈なのに、少し緊張した面持おももちで、プロ専用フロアの受付へとおもむいた。


「あれ? MIYABIさま。今日は、どうされました?」


「あのー、また此処でお世話になろうかと……」


「え! もしかして、駐車場にシリアルが、入らなかったんですか?」


「いえ、そうではなくて、実は妹も、プロになってまして……」と、事の経緯いきさつをインベイド社スタッフ宮崎に語った。


「そうでしたか……しまったなぁー」


「しまった?」


「MIYABIさまが退室後に、すぐに使用依頼が来ましてね。ご存知のように、この施設には20台のシリアル機が在るんですが、全て埋まってるんですよ。他のフロアに置くとなると、フロアの改装が必要になりますので、現状で此処への追加は恐らく無理ですね。横浜まで通われるのでしたら、問い合わせてみますが……」


 インベイドの施設は国内に、札幌、仙台、新宿、横浜、大阪、神戸、広島、徳島、福岡、沖縄の計10箇所ということもあって、地元に施設がないプロも多く、プロゲーマーでやって行こうと決意した者は、シリアルの空いている施設を探し、地元を離れ、そこに移住するのであった。


「横浜は、学校が始まると、通えそうにないですね……」


 自分だけならまだしも、オペレーターをしてくれる紗奈まで、負担を掛ける訳には行かない。


「まだ他にも、本社へ問い合わせば、近辺の協賛企業が場所を提供してくれるかもしれませんので、申請しておきましょうか?」


「お願いします」


 諦めて、帰ろうとしたその時、一人のガラの悪い青年に呼び止められる。


「なんなら、ワイが代わってやろか?」


「え! いいんですか?」


「ただし、ワイに勝てたらな」


「テストモードの撃墜ポイントで、勝敗を決めるの?」


「いやいや、タイマンや」


「スカルドラゴンさま。失礼ですが、勝負しようにも、筐体が在りません」


「いっても、5分か、10分の話やろ? 今、三人ほどおらんのやし、ちょっと借りるぐらい、ええやんけ」


 そう言われ、宮崎は渋々了承する。


「で、ネーチャンは、何を賭けるんや?」


「え?」


「お前、なんも賭けへんで、場所貰おうってか?」


「賭ける物……」


 雅が首を傾げ、賭ける物を探していると、スカルドラゴンというドライバーネームの男は、代わりの答えを提示する。


「100万EN《えん》で、どうや?」


「スカルドラゴンさま!」


「心配するな、ゲーム内通貨の方や。ENによるマネーマッチは、禁止されてへんやろ?」


「しかし、額が余りにも……」


「ゲーム内通貨やないか。なんか問題あるんか? 大阪じゃ、当たり前のようにやってたで」


 許可をした訳でも、推奨している訳でもないが、マネーマッチの事実は認識しいるし、譲渡も出来るようになっている、つまりは、インベイド社は、それを黙認していたのである。

 所得税の問題においても、換金した際に発生する為、ゲーム通貨のやり取りは、ただの物々交換でしかなく、よって、オペレーターの給与の延長という形で、インベイド社としても、後々ギャンブルを実装する予定だったのだ。

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