第19話「タイガーファング」

 虎塚帯牙こづかたいがは、日本在住で在宅で仕事を行っていて、インベイド本社はサンフランシスコのベイエリア、通称シリコンバレーに在るのだが、本社へ行くのは、年に3回あるかないか程度で、主にビデオチャットやメールで、会議や仕事の連絡を行っていた。

 刀真とうまも同じように、在宅勤務を言い渡されていた。


「俺もそうだが、タイガーとお前はインベイドの社員だから、初期での参加はしない方向で、よろしく頼む」


「あぁ~そうだね、それは仕方ないかー。世界の猛者と闘えるって、楽しみにしてたんだけどなぁ」


「悪かったな、猛者でなくて」


「ラルフや叔父さん、ルイスも強いよ。あぁ、ローレンスも強いかな?」


「いいよ、お世辞は! で、お前には当面の間、開発ではなく、今後どんどん溢れてくるであろう、GTMの調整をお願いしたい」


「了解。それでプレイした気になっておくかぁ」


「そう言えば、タイガーから聞いたんだが、日本で教師するって?」


「はぁ? 何言ってんのさ、インベイドの社員でしょうが……」


「ん? 可笑しいな、そう聞いたぞ」


「ちょ、ちょっと待ってて!」


 刀真とうまは、鼻歌まじりで風呂に入いる帯牙たいがに、怒鳴り込んだ。


「叔父さん! 教師ってなんだよ!」


「うわぁ! なんだよ、お前!」


「なんだよは、こっちの台詞だよ! なんだよ、教師って!」


「いやな、お前の母さんに頼まれたんだよ。インベイドの方も、調整テストだけだからさ、いいんじゃないか? まぁ、話だけでも聞いてみろよ。条件良いかも知れんぞ」


「もぅ、面倒臭いなぁ。まぁ、断れば良いか」


 と、あの時は思っていたんだが、あの狸(校長)に説得され、仕方なく教師になり、更には騙され、ゲーム部の顧問にまでさせられた。

 それを叔父さんにボヤいたら、叔父さんの興味は別にあって、才能ある奴がその部に居ると教えられたのだが、プロレベルには達しているが、東儀とうぎは72位ではあるが、そこまでとは思えなかった。


「東儀だろ? 東儀雅とうぎみやび


「違うよ、刀真。俺が言ってるのは、東儀飛鳥とうぎあすかだ」


「妹の方かぁ……」


「プレイは、見なかったのか?」


「学校にあるシリアル機は、姉の雅専用の一台だけだったからね」


 レンタルのシリアル機は、施設にあるプロ機とは違って、他の人間が乗れないように、網膜登録が書き換わらないように刻まれている。

 世界に640人しか居ないプロに、家族内で数人出るなんて、虎塚こづか家だけだろうと、思っていたからだ。


「で、叔父さんは『初期での社員ゲーム禁止』を破って、闘った訳ですか?」


「あ、え、まぁ、そのー、そうだな……で、でも、ラルフ公認だし……」


 風呂に入ってるからの汗なのか、問い詰められての冷や汗なのか判らないほど、汗を湯船で洗い、帯牙たいが経緯いきさつを話し始めた。



「サーベルタイガーは、刀真とうまは、プレイしてないよな?」


「どういう意味だ? ログデータ見りゃやってないことくらい、聞かなくても判るだろ? サーベルタイガー級でも現れたのか?」


「あぁ、そうだ。しかもだ、あのレベルが、同じ地域に二人居るとは信じられなくてな」


「そんなに強いのか?」


「あぁ、GTX1000を乗りこなしたバケモンだ」


「ほぉ~。ラルフ、そいつのハンドルネームは?」


「ハンドルネームの登録は、だだ」


「じゃぁ、IDを教えてくれ」


「どうする気だ?」


「まずは、映像が観たい」


「まずは?」


「俺が本物かどうか、見極めてやるよ」


 禁止の約束はしていたものの、矢張りゲーマーの血が騒ぐ、それはラルフにとっても同じで『シリアルキラーVSタイガーファング』の対戦カードを観たい衝動に駆られ「仕方ないなぁ、一回だけだぞ」と、欲望の方が勝ってしまう。


「気をつけろよ、タイガー。なんせそいつは、データ解析班から、シリアルキラーって渾名をつけられているほどだ」


「シリアルキラー?」


 本来の意味は、連続殺人犯なのだが、データを調べたところ、プロの多い戦場を選び、プロの機体を率先的に狙っているように見えた。

 事実、飛鳥は強い相手を求め、レーダーに映る色違い(プロは黄色、64位以内は赤く点滅)を狙っていたのだ。

 そこから、プロ、つまりは『シリアルを狩る者』という意味で、シリアルキラーと名付けられた。

 もし、飛鳥がスマートフォンを所持していて、ハンドルネームの登録がされていたら、この渾名は付けられなかったのかも知れない。



「確かに、これなら刀真と勘違いするのも頷ける」


 シリアルキラーの戦闘履歴を観た後、更に戦闘データを解析し、帯牙は瞳を閉じた。

 脳内でのシミュレートが終了し再び瞳を開くと、今度はパソコンの通信アプリを起動して、ログイン状態の者を選び、コールする。


「久しぶりじゃないか、タイガーの旦那」


「どうした? 大将」


「この面子ってこたぁ、やっとプレイ許可が出たのか?」


「一日だけだが、出撃許可を貰った」


「一日だけ?」


「どういうことだ?」


「サーベルタイガー級が現れた」


 チャットの向こう側で、こぞって、口笛を鳴らす。


「そいつは、遣り甲斐があるな」


「みんな、腕は落ちちゃいないだろうな?」


「大将の方こそ、大丈夫なのか?」


「自信がなけりゃ、出撃しねぇーよ」

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